斬られの仙太 公演情報 新国立劇場「斬られの仙太」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    かつては、よく上演されていたが、忘れられていた大作戯曲の上演である。
    初演(1934)は知らないが、戦後の時代背景がやりやすい環境だったからか、たしか商業劇場でも上演されていたし映画にもなったやくざモノなのだが、最近はお目にかからなくなっていた。三好十郎存命中も、著作権保護期間中は、著作権継承遺族が戯曲の改変にうるさかった事情もあったのだろう、戦後の上演もみどりの上演だったように思う。何しろ八時間はかかろうという大作である。
     その保護期間も終わって、今回は、四時間半に全編をテキストレジしているがそれでも十分に長い。この上演は新国の「人を思う力」(なんのこっちゃ?最近のこの劇場の柱にはいつもこの種の大入叶の札が貼ってあるが、わけがわからない)というシリーズの第一回の上演である。
     戯曲のことは後段に回して、上演は、フルオーディションらしい顔ぶれで、上村演出も原戯曲を生かしながらの舞台になった。
    八百屋飾りにしたノーセットの舞台に若干の大小の道具を持ち出して、休憩二回を挟んで、時世に左右された農民上がりの仙太(ばくち打ち・伊達暁)が政治に巻き込まれていく生涯が描かれる。改革派とも、保守派とも、権威主義なのか民衆派なのかも、集団としてはよくわからぬ武士階級を母体にした水戸の天狗党の乱が背景になっていて、ここが、お客には維新期を背景にしていても、新選組のようにけじめがつきにくい。そこを農民出身の仙太の村社会と農業への信念で乗り切る。周囲の人物もよく描かれていて農民仲間の段六(瀬口博行)や利根の甚五左(青山勝)、農村の孤児を預かるお妙(浅野令子)など、普段の舞台でよく見る助演者たちが生き生きと好演である。ほかにもタカラヅカの陽月華とか武士では加多源次郎の小泉将臣など、全部で八十役あるという舞台をボロを出さずに十六人で演じ切ったのは演出も、俳優もお見事だが、少し引いてみると、やはり、農民も武士も「らしく」はない。生活感がない、とよく言うが、ほぼ二百年前のこういう舞台を観ると、それは必要なのか、と逆に思ってしまう。何しろ、舞台は板一枚のノーセットだし、非常に効果的に使われている過不足ない音楽(国広和毅)は西洋のオケである。上村もギリシャ劇やシェイクスピアの体験からその種のリアリティよりもドラマだ、と取り組んだのだろう。
    それなら、とないものねだりになってくるが、もっと大胆に戯曲に手を入れてもよかったのではないか。農民と武士層の齟齬や、江戸幕府との関係をふくめ、もっと切ってもよかったと思う(そうすれば歴史的な水戸天狗党の評価に反するというのは歴史学者の言で、二百年もたてば芝居見物の客は、この中身ならせいぜい二時間半で見たい)し、お蔦などはもっと生かすところがある。
    演劇は常に時代とともにあるものだからそうなれば、今の観客にもわかりよく楽しめたのではないか。折角の熱演の舞台も残念ながらガラガラ、三分の一がやっとという入りである。
    新国の上の中劇場では横内謙介の「モダンボーイズ」をフジテレビの仕込みで上演している。紀伊国屋で劇団上演した時は苦しかった舞台も、ジャニーズ出演で客はぞろぞろ入っている。役者買いも演劇の大事な側面ではあるが、これもコロナ疲れかもしれない。客が楽なものしか見なくなっている。ここからの回復はかなり長くなりそうだ。全興連は、責任も取らない無定見な政府のいう事などべんべんと聞いていては我が身を滅ぼすぞ。

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    2021/04/08 12:02

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