僕の庭のLady 公演情報 文化庁・日本劇団協議会「僕の庭のLady」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    映画になったドラマを日本で初舞台化。演出・河田園子の名は時折目にしていたが、今回の文化庁海外研修の成果発表を兼ねる“日本の演劇人を育てるプロジェクト”公演の対象の一人でもあり、2017年留学というから割と若手らしい。
    実話に基づくとされる本作は、アラン・ベネットという英国の作家が自分の家の庭に住み着いたホームレスの女性との長年にわたる交流を作品化したものという。作者本人が「作家」として登場し、この出来事を自分の作品のネタにしたい作家魂(下心)に疼いたりするが、ナイーブな書き手の良心を打ち砕くように、とことんマイペースな「客人」は彼を翻弄する。
    舞台では作者に当たるアラン役を二人が演じ、開演後しばらく何が起きているのか掴めず戸惑うが、やがて一人が実体を持つ本人、もう一人が彼に異論を挟んだり挑発する想像の人格らしいと(休憩を挟んだ後半に)判った。ミス・シェパードを演じるのが旺なつきというのも休憩後に分かり、コメディ調に収まる女優の挙動の度に客席から反応が起きるのに合点が行く。「迷子」ゆえに瞼が落ち気味であった前半を終えて後半が始まると一気に入り込んだ。

    シェパードの頑固さ、押しの強さと、実直そうな作家との対照が見えて来ると、ドラマは自転を始めている。かつては名も売れたピアニストだったという彼女の来歴をアランは信じており、疑いを挟む要素もなく話は進むが、観客的には一応カッコに括られている。だが、呆気なく彼女が去ったラスト、残されたアランは彼女以外の人間から彼女という存在を「知る」。彼女に人間的に対応し、臭いの立ち込める住処(バン)に入り込んでいく「プロ」たち。そして唯一繋がった親族である実弟。彼にとって姉は人生を狂わされる程の存在であったが、ピアノだけは素晴らしかったと言い、意地でもピアノにしがみついていれば良かったんだ・・と呟き去る。
    「分を弁えない」ミス・シェパードの存在はこのドラマを社会派にも人情劇にもせず、つまり彼女を社会の犠牲者だとか弱者としての居場所を保証する事をさせず、人生讃歌に終えることを強いる。ただ、このドラマの説得力は(「実話」とある通り)脚色で「盛って」おらず本当にあったと思える事、彼女の姿を通して多くの人生が見えてくる所にある。
    機会があれば映画も見てみたい。

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    2021/02/22 03:35

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