満足度★★★★★
劇場で芝居を観る愉快を、本当に久しぶりに味わった。
松尾スズキのコクーン芸術監督就任第一作。「キレイ」で当てたのはもう二十年も前か。それとは全く違うテイストで、かつての松尾大人計画の味を残しながらも、新しいコクーンの出発を期待させる新作ミュージカルの登場である。新しく、若々しく、心弾む。
何よりもいいのは、現在の状況の中でまったく委縮していない。「いい加減な指示なんかには従わないで自由でいよう」という趣旨の曲もあるが、スタッフもキャストも舞台の上でのびのびとはじけている。そこが今の時期には素晴らしい劇場からの贈り物になった。
舞台の大枠はゲイの信長(皆川猿時)が仕切るショーパブになっていて、物語や人物紹介はほとんど、彼によってされる。正面に舞台に当たる空間があって、そこで芝居もあるし、歌もある。よくある構成舞台なのだが、舞台の色使いや枠取りの美術が素晴らしい。その上の二重にバンド(6名編成)がいる。物語は西新宿の地方の若者が集う吹き溜まりのような地区にあるコンビニとその二階にある従業員の部屋から始まる。そこに住んで、禿のコンビニ店長(オクイジョージ)との情事にふける沖縄出身の売り子(長澤まさみ)、10年前の妹への交通事故でスターの座を追われたかつての大女優(秋山奈津子)と、そのゲイのマネージャー(阿部サダオ)が久しぶりの出演の稽古に臨む話を軸に展開する。物語は一日半なのだが、その間に、登場人物たちの過去がほとんどクライマックスの連続のように歌と芝居で、挿入されるので、展開は波乱万丈、それを追ってもあまり意味はないが、要するに、この三人と彼らを取り巻く現在の社会からこぼれおちたひとびとたちは沖縄言葉で「フリムン」(狂う)にならなければ生きていけないのである。
そのフリムンぶりは、踊りであったり、音楽であったり、時には「後ろからズドン」という曲の物騒な歌の警官の上司殺人だったり、コンビニで売っているコンドームを盗む奴隷労働の現場とか、後ろからやって、と下ネタだったり、伊勢丹のパッケージを衣装にした伊勢丹の上品さを守る会を名乗るやくざ集団だったり、ユタのお告げが現実になったり、半端ないのだが、でたらめに見えながら今の空気をはらんだ統一感があって、素直に観客は乗っていけるのだ。暗くなりがちの話で、松尾スズキの過去の小劇場作品は暗さに居直ったような凄みがあったが今回は、暗さを笑い飛ばして前へ進んでいく。俳優もみな適役。主演の三人は、それぞれ出身は違うが、うまいことでは定評がある何でもできる人たちでその力を十分発揮している。観客も巻き込まれて陽気になる。
それは、脚本だけではない。
この舞台のスタッフはあまり知らない人たちだ。私が記憶していたのは振付の井出茂太くらいで、美術の池田ともゆきも音楽の渡邊祟も知らなかったが、立派に大劇場をこなす。キャストは脇は大人計画が固めているがそれでも中には歌唱力で客席がどよめく妹役の笠松はるのような新星がいる。細部に至るまで華々しいのだ。
私は、オンシアター自由劇場が初めて「上海バンスキング」で博品館劇場へ進出した公演の劇場の熱狂を思い出した。この舞台には劇場とともに時代が動いていく感じがある。なるべく早い機会に再演を期待している。