The last night recipe 公演情報 iaku「The last night recipe」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    この日高円寺駅に総武線しか停まらぬとは知らず、走ったが冒頭3分見逃した。帰宅後台本で確認。演出は分からないが恐らく、この作家(+演出)は気の利いた会話としてこの始まりの夫婦の会話を提示したろうと推理。そうなると私の目が追ったこの芝居の相貌が変わって来るような来ないような。。私の観劇後の感想は、「足を滑らすとどちらかへ滑落する切り立った尾根を行く」劇をよく書いたな...というもの。
    突如、彼女(ヨリ)は死ぬ。それを告げられた母、母からそれ聴いた父の戸惑い。暗転し、ドラマは時を遡る。暗転を挟んで時系列的には順不同の場面が淡々と連なり、徐々に出来事の展開順序が分ってくる。そして謎の幾つかが黒い斑点のように点在する一枚の絵となって行く。そしてその黒の部分に何が隠れているかによって全貌が変わって見えてくる。最後にそれは「見える」のか・・そこが微妙である。冒頭3分を見返したのはそのためだ。この芝居をミステリーとして観たのである。
    この物語のミステリーたるポイントは、急死したヨリの死因で、もっと狭めれば年下の夫である男が殺したのではないか、という疑念だ。そうではないという判断材料も積み上がるかに見えるが、男は最後に嘘をつく。彼女が死んだ夜、3月3日の彼女の(夕飯紹介の)ブログには彼が死ぬほど嫌いな(だが彼には最も縁の深い)ラーメンを食べた、とアップされた(3月3日がそれを食した日付なのか単にアップした日付で・・というあたりが不明(ここが不明である事は話をややこしくするので作者は単に注意がここに及ばなかっただけ、との推測もできるのだが)。
    だがラーメンには曰くがあり、彼の祖父が原因不明の死を遂げた、という男の家族史の一つの証言がそこだけあって、その死に関わったと仮にすれば男かその父かしかおらず、疑惑は残る。そしてラーメン屋を続け、息子を仕込みや皿洗いの手元で使い、毎日ラーメンしか食わせていない、という父親の虐待疑惑がこの珍事のそもそもの始まりなのだが、「人は殺さない」と観客にも分かる父を消去法で除けば孫である男が浮かび上がる。
    死んだ女はルポライターを目指す雑誌記事や雑文を書くライターだった。新ワクチンの治験レポートを書く依頼を受け、ワクチンを打ったその夜に突然死をする。ここから、彼女と懇意であった先輩ライターが薬害の線を追うことを決意するが、これを告げた相手、ヨリの元カレでコンサルティング会社の社長は薬害の可能性を否定する。私にはこれは彼が新薬を扱う会社が顧客である事からの利害から言っているとは見えず(この記者とはきちんと議論をする相手として描かれているので)、薬害追及がそう甘くない現実を告げていると見た。が、先輩記者はかつてヨリが訪れた郊外のラーメン屋を訪れ、取材を始める。
    この店のマスターが店を手伝う息子に虐待を加えていると確信したヨリが、父のいない時間を狙って取材を続ける中、あるやり取りがきっかけで、何とヨリは男に結婚を申し出るのである。もう一つの謎があるとすれば、このヨリの決断、又は彼女の人格についてだろう。
    私はヨリがある種の発達障害を想定して描かれていると感じたが、この「取材対象と住む方が早い」「早く本を出したい」と利己的な言葉を平然と相手に投げるヨリと、男との内的なコミュニケーション、そして男の内部で起きていた感情、考えに暗い影が落ちている、そんな風景を見るのである。
    ヨリが取材対象に投げる質問、求める答えが返ってこない苛立ちを相手にぶつける取材のやり方・・彼女が尊敬する先輩記者(若いころカンボジアに滞在してルポを書き話題になった)を形だけ模倣する姿が、その先輩記者が彼女と同じくラーメン屋を訪れた時の取材姿勢と比べ、いかに稚拙だったかが痛恨に浮き彫りとなる。
    そんな「痛い」彼女は(文章はうまいがルポとなると)ある種の人間性、普通の感情や感覚をもっているかが問われるのだが、彼女は到底その「普通」に辿り着く気配がない。。と見える。だが、終盤で現れる夫との会話の場面では、彼女が自分なりに壁にぶつかり、その結果考えた結論を夫に告げ、「ゆっくりやってこうと思うてる」、と言う。男の方は「折り入っての話」と聞いて自分が離婚を言い渡されるのでは、と恐れたがそうではなかったと安堵する。これが式も挙げずに行った結婚一周年の会話で、その1か月後に彼女は死ぬ。
    ところで最後の夜のレシピが、実は「チラシずしでした。3月3日だったんで」と、男は先輩記者に告げる。作劇上は、先輩記者が男に対して抱いている何等かの疑いを晴らす意味を持ったが、芝居も大詰めの場面で、ブログを読む時に登場する「声」だけのヨリは3月3日、ラーメンを食べた。やっと彼が作ってくれた・・と綴られた文を読む。やはり、最後に食べたのはラーメンだった・・というのが殺人への疑惑を抱いていた観客にとってはその仄めかしになるのである。
    それでも男は、この「何を考えとんのか父親の俺にもさっぱり分からん」と父(役の緒方晋)に言わしめる男が、彼女との生活を「よき日々」として思い出すように、独白する。「初めてブログを見たら、びっくりした。あったんや、と思った。」「何が?」 「確かにここには生活があったんやて。毎日365日、食べて、食べて、暮らしてたんや・・(みたいな台詞)」。
    彼女は人を「利用」し、それを指摘されれば不機嫌になり、単純な技術的なアドバイスさえも、他人の忠告は聞かない、そういう人物である。だがそれでも「精一杯生きてる」と、見る眼差しを、彼女が死んだ今、男はもっている。だが「現在形」であった当時、男は別の感情にも支配されなかっただろうか。。
    人にはさまざまな側面があり、様々に欠陥を持つ。だが人は人を欲し、利己的な理由であれ必要とし、否応でも繋がらざるを得ない。ヨリは元より限界を抱え、男はそのヨリに対する自分のあり方に限界を覚えた。そして今男は死せる「彼だけの彼女」と繋がり、50年後には誰も思い出さなくなる対象へ、特別な思いを寄せる一人である。その確信を彼は語っているようにも見える。ヨリ以上に男の人格もブラックボックス。いろんな想像を掻き立てる。
    もう一つには、台詞では一言も触れられないお金の事。ブログの中身がますます貧相になる、とのブログ評価はあるが。男を自分が食わせて行くと約束し、周囲にも宣言した彼女の食生活は収入のために細り、その結果ワクチン治験にまで手を出す事になった・・。この事に考えが及びそうにもなるが、彼女の突拍子の無い言動は、この感傷を吹き飛ばす。

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    2020/11/05 03:49

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  • 大変面白く読ませていただきました。私も、観劇後これをミステリ劇として見られないかと考え始めましたが、台本を購入してまで追求することはせず、いつもの横山らしくないな、と投げてしまいました。大兄の読みは、さすがの名探偵読みで敬服いたしました。この作者何本か見ましたが、いつも、よくわからぬ人物をさりげなく重要人物として混ぜて劇的効果を上げてくる。そこをもう少しよく見なければいけませんでしたね。この作者は、これからの劇壇を支えるひとりとなることを期待しています。勉強させていただきました。

    2020/11/05 11:42

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