満足度★★★★
映画を見て興味を持った友人が、今回の舞台を見て「映画はシリアスだったけど、舞台は喜劇。コメディなのに、ぐっと泣かせる」と絶賛していた。舞台は家族経営のタクシー会社。母親・こはる(渡辺えり)の「父ちゃん、殺した」という告白から始まる。3人の子は就職内定が出た長男から、専門学校に入学した長女、高校生の次男まで。「刑期を終えて、ほとぼりが冷めた頃、15年後に帰ってくる」と言って、母は自首しにいく。これがプロローグ。15年後の父親の法事の日から、本編が始まる。
15年後の会社はまず、誰が三人兄弟なのか探してしまう。若い従業員たちの方が目立って、誰が家族で、誰が従業員なのか最初戸惑う。しかし、これはこの家族の微妙な関係を示している。家族同士だけでは「過去」が大きすぎて耐え切れず、従業員たちがいて、やっと関係を保っている
とくに長男・大樹はカギとなる人物なのに、外に勤めている上に、自室にとじこもりがちなので舞台にいる時間自体が少ない。つまり、このままいくと存在感が薄いわけだが、どもりという性癖を与えられているのがポイントで、そのためにセリフを聞けばすぐわかる。ほかの登場人物・俳優も、とにかくキャラがたっているのはさすがである。
母親がついに帰ってくる。最初はただ歓迎していただけに見えるが、じつは子供たちは人生を狂わされたわだかまりがある。長男は内定を取り消され、長女は専門学校をやめてバーで働き、次男は高校でいじめを受けて東京に出た。ただ、長男のセリフに一度出てくるだけで、底流にあることをほのめかす程度。長女の「(母の帰宅を)喜んでいいんだよね?」という一言に集約されている。
同時に、母親の帰宅がテレビや週刊誌で報じられる(家族は積極的に取材を受けてる)。匿名の嫌がらせを受けたり、周囲の目は厳しい。
そういう元を作った母親は、「母ちゃん、間違っていない」というが、渡辺はぶっきらぼうに演じて、内面の葛藤がある、カラ元気であることを感じさせる。長男から「母ちゃんは立派だよ」となじられて、母親がふてくされ「母ちゃん、エロ本読んでる」という場面もぶっきらぼう。ただ、この場面は爆笑である。せりふでこれだけ笑える場面はそうはない。
最後、母親と兄弟だけになる場面がきわだつ。そういえば、途中、母と子どもたちだけになる場面が一度もなかった。そこに、この家族のぎくしゃくした関係が現れていたのだと気付かされる。兄弟三人だけになる場面もほかに一度しかない。同じ家に暮らしていても、打ち解けられない関係を示している。母親の殺人が(暴力的父親から子供たちを守るためとは言え)何を家族に残すか考えさせられた。
暗い過去や、心に傷を抱えた人間が、ずっと抑えてきた内面を垣間見せる場面が秀逸で、そこが桑原裕子の芝居のみどころだと痛感した。
シリアスなテーマなのだが、脇の俳優たちがコミカルな舞台の雰囲気を作って楽しい。作・演出の桑原裕子自身が演じる長男の嫁と、外人のように言葉のたどたどしい北海道の酪農男(成清正紀)のふたりが、部外者ならではの寂しさをまぎらす喧騒(桑原)と、無責任なボケ(成清)を演じて、トリックスター的存在である。