ひとよ 公演情報 KAKUTA「ひとよ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    初演から9年。題名から舞台風景がすぐに浮かぶレアケースだったが、笑い所豊富であるのは記憶と違った。初演時は震災の記憶が未だ生々しく、笑いのある日常を背景(地)に、不穏要素が「図」として強調された、のに対して今回は(確かに脚本もそう描いてあるのだが)不穏な事情を背景とし(て利用し)、笑い待ちの観劇となった。
    恐らくコメディエンヌにしか見えなかった主役渡辺えりの演技の影響も(本人は大真面目だと思うが)。本来なら物語そのものが問う「果たしてそれはあって良かった事なのか」という、ナイーブな問いが全編通じて波寄せるようでありたかったが、渡辺女史の逼迫振りを示すような噛みトチりは「コメディ的には」どうにかクリアしても、役の裏面史的にはどうだったか。聞けば前日が初日で、観劇日は魔の2ステージ目・・という問題ではなさそう。
    役の女性は、渡辺本人と重なる要素はあるが、私には真逆の人物像に感じられる。「言わずにおれない」渡辺えりがあの行動に出る事は想像しにくい。男女同権の思想や女性のマイノリティ性の認識や自意識からではなく、言葉で状況が変えられないと悟ったからこそ家族のために「行動」を選択した一個の女性であり母親。それがこの芝居のヒロインである。
    言わば自己犠牲・忍従の方に情熱を傾け得る古風な人格が、渡辺女史の演技に宿るか否か。。
    社会の制度や風潮の変革を訴えることをしない代わりに、ヒロインは愚直に己の考えから割り出した「正解」を実行し、法が定める善悪を相対化した。そこには聖性が宿る危険もある(「危険」とは世間一般の価値基準によるが)。
    芝居の方は母親が去った後も続けられていたタクシー会社を舞台に、様々な人間模様が展開するが殆どが男女関係に帰結し、親子関係が絡む。ヒロインの家族以外の人物は悲喜こもごも、人生あるあるを辿るのに比して、中心となる家族の事情はやはり特殊だが、両者がタクシー会社という場所で共存しているのが不思議である。従業員や関係者がある程度「過去」を知っている様子であるのも(やや曖昧に見えた部分もあったが)不思議なバランスで、この日常の帰趨には興味がそそられる。
    KAKUTAお得意の笑いは吃音の長男(若狭)の妻(桑原)、男性目線では中々こうはフィーチャーされない「面倒くさい女性」キャラをうまく(可愛く)カリカチュアして見せていた。主人公が旅先で助けられた外国人のキャラ作りは(訛りも含め)芸の域。新米ドライバーの弟分だった男と恋人のカップルが訪れ終盤波乱を起こすが、主人公(母)の存在自体が波乱要因であり、このコミュニティの耐性を与えている。
    この場所に横たわるぎこちなさや欠落が、言葉を当てられる事で埋まり、皆に収まり所が与えられ、芝居は終わる。シェイクスピア喜劇がフィナーレにもたらす統合は、戯曲がかくありたいモデル。KAKUTAらしい作品と言える。

    ネタバレBOX

    震災の年の秋に打たれた芝居。事件が脚本に反映されたのかどうかは分からないが、作者は観客をエンパワーしたかったのには違いない。
    その翌年の芝居は、現実的な「苦」の背景が希薄で、それでいてウェルメイドな出来であったのにやや失望した。その思いをアンケート用紙の表裏に書き殴った。・・震災と原発事故は未だ終っておらず、痛苦を踏まえない舞台上のハッピーなど信じる事ができない。「見ない」事で得られる安心・安楽を提供することが演劇の役割だろうか?、少なくともKAKUTAが目指すものだろうか・・。そんな風な事を書き、要望を伝えた。その次の新作が『痕跡』。アンケートには謝意を記さなかったが自分に応えてくれたかのように嬉しく報われた思いがした。
    演劇界(又は演劇評論界)で名を上げる作品と、劇団の客のニーズとはズレがある事だろうがそれでも演劇が果たすべき(その才能があるなら使うべき)役割がある、と考える。
    KAKUTAを最初に観たのがNHKシアターコレクションで取り上げた『目を見て嘘をつけ』(筒井真理子主演=ゲイだったか性同一性障害の男性役)であったが、この時は「社会問題を扱いながら笑えて泣ける舞台を作れている」と絶賛した。が、笑えて感動で終る「エンタメ縛り」に陥っていないか?という一抹のハテナも頭を掠めたのを覚えている。そしてその一年後に震災が起きた。その秋の『ひとよ』は前作に比べ深刻度が増したがそれでも自分としてはウェルメイド(エンタメ)性が維持されている点にネガティブな印象を持った。『痕跡』『愚図』『らぶゆ』と犯罪絡みの作品が続くKAKUTAは、今も性分としてのエンタメ性と使命としての社会性の狭間に揺れていると勝手に想像している。

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    2020/09/07 00:47

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