メナム河の日本人 公演情報 SPAC・静岡県舞台芸術センター「メナム河の日本人」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    遠藤周作の戯曲の題名は知っていたが(家の本棚にもあったが未読)、見ごたえある作品であった。舞台は近世のタイはアユタヤ王国で、戦国時代以降、主君をなくして流れ着いた浪人や迫害を逃れたキリシタンによる日本人町があったという史実を基に書かれた歴史物語だ。
    作品の規模に相応しく静岡芸術劇場の容積大のステージをフル活用した布が主体の豪奢な美術、そして俳優の動線ミザンスまで視覚的なメッセージを緻密に構築した今井朋彦氏の演出力に感服。

    ネタバレBOX

    遠藤周作はこの作品を「キリシタン」という入口から物したと推察されるが、メインストーリーは権謀術数に長けた宰相(阿部一徳)を軸に展開するシェイクスピアばりの王室の悲劇。
    力のあった前王(大高浩一。一言も喋らない唯一の役)の死後、宰相は王室内の対立に介入して平常化に成功、だがその後宰相自身が新体制の王室との対立の当事者となり、やがては当初の対立で宰相の援軍となった日本人兵が、宰相との対立関係に追い込まれる。
    日本人兵を率いるのが駕籠かき上がりの山田長政(林大樹)であるが、策謀渦巻くまつりごとの世界と一線を画するキリスト教信仰の視点を絡ませているのがやはり遠藤作品たる所。「利」(得)こそ己が行動原理だと自任する山田の「心」を見抜いて確信を揺さぶるのが、ローマからの帰路ここに立ち寄った日本人神父(男役だが布施明日香)である。時折姿を現わすのが、酒を友とするボロを纏った元聖職者(渡辺敬之)、預言者又は吟遊詩人然として神に背を向けた己を告白し続ける(旧約の書がそうであるように不信仰を言う事により神を指し示す)。
    今振り返って優れた演出と思った一つ・・ほぼ時系列に進む芝居なのだが、開演早々人々に君臨する王に急変が訪れる様をマイムで示された後にも、時として「言及」「想起」の対象となる王の威厳ある肢体が姿を現わす。それは口の利けなくなった薄幸の王女も同様。なお彼女は一度だけ、口を開く。
    最後の最後、長政が宰相にしてやられる場面、先日の『コタン虐殺』を思い出す。

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    2020/02/17 02:36

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