残機尽きるまで私は戦う~再演~ 公演情報 U-33project「残機尽きるまで私は戦う~再演~」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

     高校を卒業して6年、久しぶりに仲間5人がみっちゃんの部屋に集まりパーティーを開くことになったが。(追記2月2日0時5分)

    ネタバレBOX

    みっちゃんを除く4人は他の1人に対してこれだけは許せない、と感じている所があり、その点でいつも喧嘩になる。それを止めてきたのがみっちゃんだったが、6年経って皆変わっているのでは? と期待していたみっちゃんの想いはアッサリ裏切られることになった。今やCIAのエージェントとして活動している彼女はC-4(プラスチック爆弾の一種、可塑性がありTNT火薬の1.34倍程度の爆発力があるが、爆弾として用いるときは一般に雷管や信管を用いる)。
    当パンを基本的には敢えて読まずに観劇することを心掛けている自分が、その状態で感じたことを先ず挙げておく。みっちゃんがCIAエージェントだと分かったシーン以降が面白いと感じたのだが、理由は女性の生き方を一般的にいうと底を明かさないという方法だろうが、その社会的対応がそのまま表出され、狡さも含め、作家がその点を意識の俎上に載せている点を評価した。(当パン記載の作家名では男性・女性の弁別は判然としないと考えた。無論一応男性と読める表記ではあるが、小野妹子の名や紀貫之の「土佐日記」冒頭“男もすなる日記というものを云々”の例もある)然し帰宅後に当パンを読んでみると2016年7月の初演とある。かなり間が空いているのに、当パンの書きぶりだと余り内容は変えていないらしい。だとすれば問題である。これだけの時間がありながら社会に対する認識が殆ど変っていないことになるからである。みっちゃんがCIAのエージェントであることは、まあ良いとしよう。日本には正力松太郎を始め多くの売国奴が居た(る)わけだし。だが、スパイ組織ともあろうものが、たかが友人同士のいざこざ如きに介入するハズもない。スパイである以上、目立たぬことが第一であるから。この程度の認識は、多少知的戦いを経験したことのある者なら誰もが身に着けている基本である。(この点で現実認識に弱点があることが見て取れる)
    一方、タイトルに用いられている残機という単語はゲーム用語で、最初音だけ聞いた時には“慙愧”などと随分難しい単語を知っているではないか‼ と驚いたのだがチケットの表記を見て、ハテ? となったのは自分がゲームには疎いからである。何れにせよ、ゲームでしか頭を満たしていないのであれば、足掛け4年の年月も何ら社会的知の拡大に繋がっていない状況が腑に落ちた。つまり作家は3年半というもの、相変わらず社会的成長を遂げていないという恐るべき状態にある訳だ。なるほどこれだけ悪い方へ極端に変わっている日本の政治状況を認識する術すら持たぬほど、そしてその危険に自らの力では気付けないほど訓練された白痴というものを作ることに専念しているのが、文科省が勝手に作っている指導要領の結果かとも思い、真面目にそんな馬鹿げた要領に反抗もしない「マトモ」な優等生的感性かとは思ったが、無論、教育は教科書だけで成り立つものではない。社会、マスコミ、人間関係や本人の語学力、情報収集能力や分析力、好奇心とイマジネーション等々様々な生きた経験の及ぼす力が大きい。だが今挙げたようなこと総て・即ち自分自身で自分を磨かなければならないということに気付ける能力とその開発に用いるべき時間がゲームのような蛸壺的な世界に代替されているとしたら、これは実に危険なことだと言わねばなるまい。下らない文科省指導要領に従っているようでは、人間的な成長は基本的に生まれようもないからだ。こんな自分の想像が正鵠を射ていないことを願うばかりだが、自分の想像通りであれば、実際に爆弾は炸裂し、その後のことが記された作品と読むことも可能だ。爆弾は、無論C-4ではない。空疎、否、より正確に表すなら空虚そのもの、即ち日本流に言えばこの爆弾の爆発の結果、鵺が蘇ったとでも言うべきか。訓練された白痴が自ら選び担う泥船の行き先、その明らかな被害者とその具体的被害状況のアウトラインも更に明確に見えてきた。残念至極!

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    2020/02/01 10:56

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