満足度★★★★★
この人の創る舞台は、なぜこんなにも切実なのだろう。「リアル」などという言葉はいまさら使いたくないけれど、でもその言葉がこれほどピッタリくる芝居を私は他に知らない。
知的障害のある兄と、その兄の世話をするために司法試験を諦めた弟の暮らすアパート。
弟の婚約者、兄弟がアルバイトしている工場の社長や同僚。兄弟の幼馴染やその他彼らの周囲の人々。登場人物それぞれの言葉や行動にウソがない。いや、そんな簡単な言葉では伝えきれない不思議な真実味がある。
母を亡くしてグループホームに入っていた兄とともに暮らすため司法試験を目指すことを諦めた弟。しかし、婚約者の両親の反対にあってとうとう兄と離れて暮らすことを決める。その決断に向かうまでの細やかな機微を伝えるいくつもの場面。
一方で、兄の側の想いもなおさら丁重に描かれていく。自分自身に対する歯痒さ、彼自身の恋、苛立ちや不安。
小さなアパートの中で人々は言葉を交わし、迷い、喜びや悲しみ、怒りなどと明確に名付けることのできない曖昧な思いを抱えて繋がっていく。
ままならないこの世界で生きる人々の息づかいが聞こえる。そういう時間だった。