リリーは死なない 公演情報 劇団亜劇「リリーは死なない」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

     初見の劇団。期待を良い意味で裏切られた良い作品であった。(追記2019.12.6)

    ネタバレBOX

     所謂ゾンビのコンセプトを下敷きにした作品だ。そしてゾンビ物に対しては、「四谷怪談」などの文化を持っている場所で育った自分には単に滑稽感しか持つことの出来ない作品群なのだが、今作については初めて、深い悲しみ苦しみを、リリーの死ねない「命」に対して覚えた。
     物語は、カルト教団が支配する街の高校3年生の教室を中心に展開する。数日後にひよこから準会員になる為の儀式があり、これが卒業の通過儀礼となっているのだが、どういう生き方をするのかを宣言せねばならないのだ。が、この街しか知らない生徒でもこの街何となくオカシイんじゃないか? と感じている者は多く而もその疑問を口外することはタブーのようにも思えて言い出せない。そんなことを言おうものなら、浄化と呼ばれるリンチが待っていることを既に経験しているからだ。クラスには、こんな状況にも拘わらずアダプトしない者も若干数居ない訳では無いがマイノリティーだ。カルトの教義を熱心に支持する者もいるが、内心の不安や怯えを表しているということも考えられる。何れにせよ、鍵を握っているのは、外の生活を知っているリリーで、彼女はこの街に越してきて日が浅く、偶々彼女の父が喧嘩の仲裁に入ったもののその優しさと正義感が裏目に出て殺されてしまったことを、カルトの教義、感情は穢れ、個人を求めることは穢れとの教義に救いを求めた母がカルト教団の支配するこの街の高校へ転校させた訳である。因みに彼女が現在通うこの高校は私立であり、当然の事ながら教団の教理が仕込まれている。教師達も内面の優しさや思いやりから連帯保証人になった挙句自己破産に追い込まれる等の過去を持ち、教祖、サリの持ち出す屁理屈に逆らえない。また教団設立時にサリと共に教案設立に帆の素し、今も信者として教団を支えている第1世代は格が高いとされ、極めて傲慢で権威主義的であるから、普通なら真の宗教の持つ真理探究の姿勢と普遍妥当性を追及し実践する生活態度を身に着けて初めて、マトモな信者となる訳だが、そういった要素が一切ないだけのことで既に宗教失格である。だが、内心オカシイと気付きはしても「浄化」という単語を用いて為されるリンチに対する恐怖や、仲間でるハズの者達総てから異端視され八分にされることの恐怖と親権に対する裏切り感覚等が己の論理的、人間的心情の正しさを認めさせないという内面の精神構造が殆どの生徒に自らの人間としての当然の権利や義務等からの自己阻害を齎していた訳だ。
     然るに、猫を追掛けて飯場の中にあった穴に落ち、其処に在った鉄筋に心臓を刺し貫かれたにも拘わらず死ぬことから遠ざけられたリリーも、そして公立中学に通う弟も母に勝手にファーストネームを変更され、母の演出する狂気のままごとの登場人物として、その型に嵌った演技を強制される日々を送らされていたが、事故以来、通常の食べ物は不味くて食べられず、食欲の湧くのは人間が何か己の自由や真実に向かって必死にその宿命にチャレンジするキラキラした情熱を感じた時、その原因を作った人間に対してだった。死ねない体を持ち、そのことを重々承知した上で、普段は空腹に苛まれるだけで餓鬼の如く食べること、食欲を満たすことしか考えられなくなった己をリリーは力なく見つめざるを得ないことに極めて自覚的だった彼女が、学校に赴任してきた最も新しい教師の姉が実はこの学校の元教師ぇあり、自殺していたこと、その原因を探る為にフリーのジャーナリストと組んで、このカルト教団の真の姿を暴き出す為にここで教職に就いていること等が明らかになったばかりか、ここでサリと特別な関係にあり、信者でも無いのに、教師を務めあまつさえ、何をやっても非難されることの無い教師、藤塚アヤメが実はかつて製薬会社の新薬開発研究チームのリーダーだった女であり、無認可の薬品を用いて人体実験をやっていた廉で逮捕され出所後、この学校へ来て再度教師や生徒たちを人体実験のモルモットとして利用しようとしていることが判明、リリーのクラスメイトが、皆各々の人格に目覚め、校規に反逆しようとキラキラし始め、おいしそうになった所に新薬を強制投与され食欲を満たせなくなったリリーの反逆が始まる。結局、薬は未だ完成形ではなく、効力は一時的なものぁったので、薬が初めから効かなかったリリーが反逆の狼煙を挙げると仲間たちも、1人、1人と覚醒して、悪の権化サリとその相棒を警察に引き渡すことができた。
     「国」中が忖度とやらに躍起になっている今日この頃の日本、情けないだけの祖国、哲学はポスト実存・構造、主義辺りから真理よりは雄弁を、探究より優位獲得と維持を目指す為だけのツールと成り果て、そんな中で己の実存と生き様を根拠に十字架を背負って歩む者を警戒し恰も怪物であるかの如く看做すように成り果てた。リリーは、猫を追って飯場に行き着きそこに在った穴に落ちた時に心臓に鉄パイプが刺さり死ぬことが無かった。という形でその在り様を示された存在だが、臆病で卑怯そのものである傍観者たちは、己の感じている不条理に本当は気付き乍ら一向行動に転じることが無い。その彼らのメンタリテイーを表象するものが、意味も無く永遠を生きるリリーの感じる空虚感で表されているとしたら? 彼女こそ、これらの臆病で卑怯な傍観者・即ち我々の憑代となるに相応しいキャラクターである。このように解釈するなら、今作が抉っているもの・ことが現在の日本に生きる我々自身であることに簡単に気付けるハズである。
     

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    2019/12/03 13:53

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  • みなさま
    ネタバレはのちほど。良い作品です。
               ハンダラ

    2019/12/03 13:56

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