珈琲店 公演情報 劇団つばめ組「珈琲店」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    18世紀頃のヴェネツィアにある「珈琲店」が舞台。現代日本、それも都会を中心に喫茶店(珈琲店専門店ではないから同義語ではないかも)はチェーン店化が進み珈琲店を見かけることが少なくなった。この公演では市民たちの日常様々な揉め事や噂話という滑稽な事柄を描いている。
    (上演時間2時間)

    ネタバレBOX

    舞台セットは、中央にタイトルの珈琲店、上手・下手側にご近所の家(賭博場?)等がある。シンプルな造作であるが、逆にそれが物語を分かり易くしている。全体的に喜劇であろうが、登場人物のキャラクターを際立たせ、この国(当時)の状況を物語にうまく当てはめ写実的に描いている印象。

    梗概は珈琲店に集まる人々が巻き起こす騒動。
    登場人物は、賭博にうつつを抜かす御仁、彼から金を騙し取る偽貴族、身分を隠した女たち、偽貴族と交際中の踊り子、噂好きの紳士が巻き起こすドタバタ騒ぎ。
    身をもち崩しそうな若旦那、彼を食い物にしようとする連中、逆に彼を救おうとする人々―という構図は何となく勧善懲悪を思わせる。登場人物がうさん臭く(身分を隠したり仮面をかぶったり)、偽・善が混在した状況はどの国でも、どの時代にも存在する理不尽さ。ある意味、悲しむべきことではあるが、それを面白可笑しく喜劇として描く。
    喜劇によく登場する道化師的な役割の人物は、噂好きで軽口を言ったり、憶測で物事を話し、他の登場人物たちに誤解を与え、物語を引っ掻き回す。その喜劇としての観せ方、物語を二転三転する展開が滑稽さを増幅させる。

    当時のヴェネツィアの民衆を善・悪人と類型化し、そこに典型的な人間性情を描き出しているようだ。それが仮面を付け本心を隠し欺瞞に満ちた人々。それを懲らしめる、または真っ当な人間性を取り戻す手助けをする人々ー素顔の表情を見せる民衆群像は、明るい活力に溢れ、凋落する貴族の無為と怠惰な姿と対比する。しかしそれは単なる猥雑性や卑俗性ではなく、仮面を鉄皮と置き換えれば、その下は本性に他ならない。それゆえ、登場人物のキャラクター等を殊更にデフォルメすることによって、人物の類型性という殻を破り、1人ひとりの人間性を捉えようとする、そこに面白さを感じた。

    物語は面白いと思いつつも、キャストの演技が硬く全体的にぎこちなく思えた。もっと生き活きと生活感に溢れた、当時のヴェネツィアの雰囲気が感じられればと思った。物語の底流にある人間(不変・普遍)性、それはそこで生活しているという写実がしっかり描き切れなければ面白さが半減してしまう。それだけに勿体なく残念だ。
    次回公演を楽しみにしております。

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    2019/11/10 22:11

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