シーチキンサンライズ 公演情報 T1project「シーチキンサンライズ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

     若手漫才コンビシーチキンは、ツッコミのリョウとボケの榊の2人組。コンビ名は貧乏暮らしでシーチキン缶詰ばかりを食べていたからだ。(追記2019.9.22 01:43)

    ネタバレBOX

    物語りは一時コンビで売れたものの、ピンで人気者になったリョウと今は大人の玩具屋で天狗のタンカ売をやっている落ちぶれた榊、2人の命運を秤に掛けながら展開する。榊はリョウも愛した美奈代を妻として8年。結婚は、コンビを組んだ頃のことだ。無論、下積みはあったもののコンビでもブレークし一時はTVでも持て囃された。然し現在TVで引っ張りだこなのはリョウだけだ。そのリョウがコンビがデビューした小屋を借り切って昔の仲間と共にシーチキンの漫才公演をうとうというのである。漫才界のスターとして多くのファンを魅了しているリョウは、無論、多くの女性ファンを持つ。“男の浮気は芸の肥し”とされてきた業界だからその手の話にも事欠かない。然し今回、リョウが相手にしている愛は、3か月持も続いていて初めてのことだ。遊びは、通常最後迄行ったらそれで終わりが当たり前のハズなのに。然し、この所リョウの様子がおかしい。まるで人間が変わってしまったかのような言動は常軌を逸しており、仲間内でも問題になるほどだ。但し飛ぶ鳥を落とす勢いのリョウに真っ向意見できる者などいる訳も無い。浮き沈みの激しい業界で売れている芸人には芸能プロダクションのヤリ手社長と雖もおんぶにだっこ、これが実情だからだ。それにしてもおかしい、と本気で信じている者がたった1人確実に居る。それが愛というリョウの彼女だ。ぶきっちょな程清楚な彼女だけは、どんなに否定されても彼を信じている。リョウのつれない、余りにもアザトイ愛への仕打ちにかつて苦労を共にした者達でさえ、その多くが愛想を尽かし、或いは尽かし掛けている。(この溜めの部分は照れ屋さんは恥ずかしくなる程執拗だ)
     今作には終盤、とても示唆的な科白がある。「榊の時代が来る」というリョウの発する科白である。将来はTV局社長を嘱望される女子有望社員・プロデューサーの西方に榊を頼む時に吐く科白だが、実に示唆的だ。リョウの生き方と論理が平成の時代状況にマッチし圧倒的な支持を、恐らくは特にリーマンショック以降の日本の多くの人々に支持されたのであれば、その波の消長を自ら渦中の中心で受け答えして来たリョウの科白としてこれ程相応しいものはない。彼には見えたのだ。フランツ・カフカが描いた被差別者の群れが蠢く社会が。この国に確実にやって来、それが人々を押し潰す時、リョウの榊に比べれば分かりやすい+方向の命掛けと榊の実践して来、実際、時々刻々自死への衝動に駆られながら幸か不幸か命を繋ぎとめている大多数の被差別者、被収奪者達の抱え込まざるを得ない暗澹たる人生が願う唯一のこと。傍に分かってくれる人が居て欲しいという念に唯一応えることのできるメッセージの発信者としての榊の表現の人間的意味を。
     自分がT1プロジェクトを高く評価し続けている理由もここに在る。人間は良いとこも取り返しのつかない大失敗も繰り返す愚かな存在だ。それを知った上で、我らは自問しなければなるまい。ヒトという存在として地球上に在ることについて。それぞれの自分の生きる意味と責任と地球の支配者としての我々の振る舞いが、他の総ての命に与える影響について。こんな大風呂敷を広げることは滑稽だろうか? だが、我らヒトが刻々絶滅させている生き物がどれだけ多いかを見てみると良い。慄然たるレベルなのだ。それを知って尚且つ反省できなければ、間もなく我らは確実に滅びるであろう。それは100年後かも知れないし、それより早いかも知れない。遅いかも知れないが、生命誕生以来の歴史の時間軸の中で約40億年(この時代に誕生したものは、学問的には無生物とも規定できる)の尺度を24時間に縮めれば無論、1秒に満たない。

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    2019/09/21 01:55

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  • 友澤さま、皆さま
     富良野塾出身の友澤さんの作品の根底には、今回自分が追記の最後に書いた視点が確かに在ると考えています。で大方の人々は、作品とはかけ離れ過ぎていると感じるかも知れないことも書き加えました。ご笑覧下さい。
                                     ハンダラ 拝

    2019/09/22 01:47

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