『瓶に詰めるから果実』『プラスチックは錆びない』 公演情報 埋れ木「『瓶に詰めるから果実』『プラスチックは錆びない』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2019/08/29 (木) 19:30

    『瓶に詰めるから果実』観劇。
    詳細はネタバレBOXにて。

    ネタバレBOX

    ある演劇部を舞台にした破壊と再生の物語。
    部長選挙をきっかけに「楽しむ」という個としての感情を
    重んじるのか「部活動」という集団としてのゴールを重ん
    じるのかという、身近にありつつ、なかなか解決が難しい
    課題がテーマ。

    「部活動」を「仕事」に置き換えながら観た人も多い気がするし、
    自分もその一人。
    ただ金銭のやり取りが発生する仕事ではなく、部活を主軸に
    したところがこの演劇の肝だと思う。
    だからこそ、話は抉れ、登場人物は悩んでゆく。

    非常にリアルな人間模様に息を呑んだ。
    集団の目標達成のためには個としての感情を脇に置くべし。
    その理想に賛同する人間だけが残れば良いという、原理主義者
    とも言える沢村。

    個としての快楽を追求し、結果として良い演劇が出来れば
    それで良いとする土居たち。

    まさかの立候補を果たした親友に協力を求められつつも、
    その実、沢村の思想に傾倒する坪内。
    アウトサイダーに徹しつつも要所では気にかける福田。

    各々の思惑が複雑に絡み合う中、単純化すれば打倒沢村
    を軸にして話は進むが、学生ながら傀儡まで立てる策を
    打ち出すことには正直驚きもしたし、これが劇中の緊張感を
    一層深めていた。

    とは言え、彼らは、結果として「良い演劇を披露する」ことを
    目標にしており(それが副次的な結果であるとしても)、
    そう言う意味では沢村も含めてみんなが同じ方向を向いているのは
    分かっているので、ゴールに至る手法については大きな隔たりが
    あるものの、完全に白と黒を分けることが出来ない。

    沢村打倒の策を打ち出す中、彼らが繰り広げる「楽しむ」ことへの
    議論は非常に深く、議論を重ねる中で、各々が定義する「楽しむ」
    が揺らいでゆくその過程と共に、当初の相関図が少しずつ崩れて
    いく姿に、この舞台はいったいどうやって収束させるつもりなの
    だろうと、非常にハラハラしながら見守ったが、最後はキレイに
    まとまりハッピーエンド。

    バッドエンドにはならないと思ってはいたが、最後まで良い意味
    での緊張感を強いられた。

    とにかく人間描写がリアルだなという印象。
    彼らの振る舞いに演劇的な嘘くささがなく、自然。
    特に沢村の、彼の言うところの「失敗」から形成される理想主義と
    いうにはあまりに強硬な思想は「この分からず屋め」という思いが
    ありつつも、私自身がこういう経験をしているので、彼の心情と
    いうのは非常に共感できた。

    彼が最後には、彼にとっては非常に勇気のいる告白と共に、妥協
    を示す姿勢を万座の中で見せた事は個人的には、彼が大きな一歩
    を踏み出したと言う事なのでとても嬉しかった。

    ただ、沢村と坪内の絡みについては、もう少し時間を割いても
    良かったように感じた。
    尺の都合もあるので難しかったのかもしれないが、沢村陣営と
    反沢村陣営とのシーンバランスは少々偏っていたかなと言う気はする。

    平井の成長ぶりも驚きであると同時に見所が多かった。
    何となく傀儡に仕立てあげられたものの、そこに悪意がないことも
    あって、わりとあっさりと受け入れてしまう。
    そのまま進むのかと思いきや、彼女は沢村と対峙する姿勢は変わら
    ないものの、傀儡としてではなく、自らの意思で考え、そして、
    自らの意思で立ち上がり、正々堂々と沢村、そして親友の坪内に
    言うなれば宣戦を布告するシーンは、ホロリと泣けてしまった。
    たなべさん、圧巻の素晴らしい演技だったと思う。

    ある意味で最もリアルに感じたのは土居。
    打倒沢村の急先鋒でありながら、自らそこに立つまでの熱量はない。
    そこで平井という傀儡を立てて、思うように操ろうとするが、
    そこに邪悪さは全くなく、ゲーム感覚で楽しんでゆく。
    最後にはミイラ取りがミイラになるかのように興奮に乗じて自らも
    立候補を果たすが、快楽主義者としての彼の有り様と言うのは、
    高校生という若くエネルギッシュな世代である事も合わせて考えると、
    非常にシンプルで、その姿には個人的には終始、好感を持っていた。

    もう登場時から役どころが見えていた顧問の福田の存在もとても良かった。
    昼行灯のような立ち位置ながら、要所では、しっかりと部員を締める。
    終盤、沢村に告白を促すシーンは、緊張感があってとても良かった。
    必要最低限の干渉にとどめつつも、しっかりと捌いてみせる器量は
    名マネージャーのそれで、気持ちが良かった。

    全編通じて感じたのは、言葉にしがたい思い、あるいは行間の表現が
    非常に巧みだと言う事。
    そういうものを台詞で表現するのは難しいように思うのだが、高校生
    という、まだ成熟しきっていない世代ならではの拙さも見事に取り入
    れて、非常に見応えがあった。
    同様の展開は『プラスチックは錆びない』にもあるが、登場人物の世代が
    違うこともあって、その表現技法は明確に差別化していて、両作品
    ともに観劇後に振り返ると、改めてその巧みさに舌を巻く。

    久保さんの脚本、演出は過剰にならず、説明的過ぎないところが、とても良い。
    そして相変わらずタイトルセンスが抜群。
    埋れ木さんの存在を知らなかったとしても、タイトルセンスだけで
    劇場に足を運んでいたかもしれない。

    今回も素晴らしい舞台をありがとうございました。

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    2019/09/03 21:46

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