稽古場公演2019「野鴨」 公演情報 無名塾「稽古場公演2019「野鴨」」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    初めて無名塾の稽古場公演に足を運んだ。
    イプセンの「野鴨」、そのあらすじくらいは聞いたことがあったが
    作品を観るのは初めて、無名塾も初めて。
    静かな住宅地に、主張しすぎずセンスと個性の息づいた建物外観と
    重みのある作品が相性の良さを感じさせる。
    哀れな野鴨は飼い殺しにされ、そして本当に死んでしまった・・・。

    ネタバレBOX

    アクティングスペースには白い椅子が1脚のみ。
    重々しいBGMがこれから起こる悲劇を予感させる。

    豪商ヴェルレとエクダル老人はかつて共同で事業を行っていたが、
    ある不正の罪をエクダル一人が被って投獄、彼は精神に異常をきたしてしまう。
    ひとり息子のヤルマールも大学を中退し、一族は没落する。
    反対にヴェルレはその後も事業を拡大、成功を収めている。

    罪の意識からか、ヴェルレはエクダル一家を金銭的に支援している。
    ヴェルレの息子グレーゲルスは、父親のその偽善者ぶった行動が気に入らない。
    当然のように恩恵を受けるエクダル一家も、真実を知るべきだと思っている。
    ヤルマールの妻が、かつて自分の家の使用人だった
    ギーダであると知ったグレーゲルスは、ヤルマールに彼女の過去を告げ
    全てを知ったうえで新しい家族としてやり直してこそ「理想」の家族だと
    信じて疑わない。

    ところがこの「理想」は、エクダル一家を崩壊させる。
    ヤルマールは真実を受け容れられず、ヤルマールを慕う娘のヘドウィックは
    家を出ていくという父親に絶望して拳銃自殺してしまう。
    思いがけない展開になすすべもないグレーゲルスは、ただの罪深い理想論者。

    老い先短く、間もなく失明する運命のヴェルレは
    何人目かの愛人セルビー夫人と正式に結婚、引退を表明する。
    互いにこれまでのことをすべて包み隠さず告白し、その上で決めたと言う。
    隠されていた真実によって幸せな暮らしが一瞬にして崩れ去るヤルマール一家と
    鮮やかな対比を成している。

    グレーゲルスは金持ちの息子としての人生を享受しながら
    それを築いた父親を批判している。
    運命を受け容れざるを得ない立場への理解が欠落している。
    非常にバランスの悪い、机上の空論で他者を追いつめるだけの男だ。
    一方のヤルマールも、現実を直視できない、解決も対処もできない幼い男。

    対する女性陣は強くしたたかに生き抜く知恵を身につけている。
    セルビー夫人は賢く、思いやり溢れる魅力的な女性だし
    ギーナも夫の弱さを知り尽くして上手く操ることのできる大人の女だ。

    セルビー夫人の世慣れた余裕のあるおおらかな態度がとても爽快だった。
    演じる西山知佐さんの容姿と柔らかな声がぴったり。
    ヴェルレ役の鎌倉太郎さん、“間違いだらけの”人生を送って来た老人の
    渋みが上手く出ていて、これも愛すべき人間の正直な姿なのだと思わせる。

    「真実」にいったいどれほどの意味があるのか。
    「理想」はひとを幸せにするか。
    正しい行いだけが幸せになる道なのか。
    ヴェルレの最後の選択がいつまでも残っている。



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    2019/02/15 19:54

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