満足度★★★★★
前作「クラゲ図鑑」は警察からの事情聴取というカタチをとり、主宰前田氏と母親との過去を粛々と紐解くように描かれた作品。
そこでは、若くして独り残されてしまった主人公の孤独と、彼を取り巻く歴史の壮絶さにただもう驚くばかりでした。
その後、この公演をきっかけにドキュメント番組「ザ・ノンフィクション」に取り上げられ、局の後押しで前田氏が25年ぶりに故郷の韓国を訪れお世話になった人々や,何と存命しておられた生みの父親と再会するシーンも興味深く拝見することに。
縁があって更に更に深く母親の歴史に向かい合うことになった前田氏はこの取材を通して何を思ったか、今回の「この海のそばに」にはその答えがあるように思えて楽しみにしていました。
本作「この海のそばに」は件のテレビ取材を通したカタチ(取材形態は演劇的に脚色を加えているとは思いますが)で、前半にていま一度、経緯の再現。
前作に比べると落ち着いた目線で主要な事実ひとつひとつを淡々と振り返る感じだったものの、やがて来る運命の日が近づくにつれ詳細な描写へと・・・
何より印象的だったのは現実に対して受け身的な印象だった青年が、取材を受ける本作ではひとまわり大きくなっていたこと。
自分自身を演じられた前田氏はつらい過去を背負い、想像もできないご苦労もされてきたでしょうが、しっかり事実と向き合って人と痛みを共有し、これだけの仲間の協力のもと、その思いの丈を発信できる環境を持てるまでに辿り着いたのは、とても素晴らしいことだと思います。
これ以上の供養はないと思えますし、劇団「えにし」さんの礎的な作品ともなるでしょう。
入場時にはジトジト降っていた外の雨が、終演後カラッと上がっていたのが何とも象徴的でした。