棄児も泣かずば雨たれまい 公演情報 劇団 枕返し「棄児も泣かずば雨たれまい」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

     板奥中央に硝子窓、窓からは外に広がる森が見える。窓の両側には、窓枠よりかなり長い真っ赤なカーテンが垂れ下がっている。この赤は、遺棄された子供たちの血の涙にも見える。
    板上はフラット。

    ネタバレBOX


     ところで1977年のフランス映画に「これからの人生」(日本公開は2年後)と邦訳されシモーヌシニョレが主演した作品がある。彼女(ローザ)は既に年老いていたが、パリの娼婦たちの私生児たちを預かることで方便(たつき)を立てていた。中には養育料を支払わない親もいたが、老婆はそんな子供たちも見捨てた訳では無かった。殊にモハメドは、彼女のお気に入りだった。然し寄る年波には、勝てない。既に彼女は、病に蝕まれていたのだった。偶々モハメドも彼女の病状が思わしくないことを知り、何とか自分で稼いで少しでも彼女の手助けをしたいと願う。進行する病の中で彼女は、“ユダヤ人の隠れ家”と自称する部屋でモハメドとの時を共有する。モハメドはモハメドで失踪していた父との関係が明らかになる中、彼の努力も空しく息を引き取ったローザを2人だけの隠れ家に保存したまま、倒れてしまう。発見された時、彼もまた病に罹っていたが、その病とは、遺体と共にずっと一緒に居たことであった。これらの経緯を記したテープが、カラカラと回る、それがラストシーンだったと記憶している。この乾いた幕切れは、モハメドが精神を病み、病院に収容されたことを暗示するが、死体と共に密室に籠るという確かに常識を超えた愛情表現ではあっても、映画は、彼らのメンタリティーを理解しえない乾ききった世間を告発してもいよう。
     今作で、雨が降り続いているのは、単に陰鬱を表すというより遺棄された子供達の心に潤いを与える為であろう。またその雨音は密やかな子供達の心の陰り、深いトラウマを洗い流そうとするようでもある。登場するキジムナーは、ガジュマルに棲む精霊であるが、その花言葉は“健康”だそうである。そのキジムナーが、親に捨てられたと自覚している者達に寄り添っている所にも一見チャラけたように見えなくもない今作の深みを見るべきだろう。
     親に捨てられたと自覚した時点で、子供達は、裏切られたという痛みに心底深い傷を負う。それが例え2歳という年齢でも、子供はハッキリ覚えているものだ。そして、この記憶は長期に亘って子供達を苛む。無論、親の事情もあろう。ケースバイケースだが、母は殊に子供以上に傷つき思い悩む場合もあると同時に己の欲望に負け、子供を見捨てる場合もあるだろう。
     今作にも様々なケースが、描かれる。問題が余りにも深刻であるが故に、敢えて滑稽な要素を入れて、軽みを持たせた部分もあるが、一方でシリアスな科白も中学2年の今は元施設の教師であった女性の里子になっている聡明な子に言わせている。多くの人に見てもらう舞台という表現形式から許容範囲であろう。と同時に、子供達も己の苦しみを通じて、他者の痛みを知り、他人を許すことが出来るようになることによって、己自身をも救うという摂理まで想像して構うまい。そのきっかけになるのは、信頼できる他人に出会うことであり、その人から魂を救う愛情を注がれることである。

    0

    2018/07/01 12:16

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大