紛れもなく、私が真ん中の日 公演情報 月刊「根本宗子」「紛れもなく、私が真ん中の日」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

     これは、根本宗子さんが描く「友情」についての物語。
     開演30分前に劇場入りする。もう既に役者達が舞台上に
    現れていた。絵がいくつも飾られている静かな雰囲気の洋間に
    女の子たちがいる。3つのグループに分かれていた。上手にある
    ソファーに座って可愛らしい服を着た5人の女の子たちが
    無邪気に「かぶっちゃいけないゲーム」をしている。
    部屋の真ん中では、藤子不二夫のアニメに出てきそうな原色が際立った
    服を着て、髪の毛にティアラを付けた3人の女の子たちが
    絨毯の上で胡坐をかき、UNOをしている。
    下手では、白いワンピースを着て髪の毛にリボンを着けた2人の
    女の子が何やら楽しそうに会話をしている。話題は、
    男について、恋愛について。本編が始まる前という事で油断していたが、
    もう既に様々なところで伏線は張られていた。

     本編は、小林寛佳が部屋に入ってきたところから始まる。
    部屋にいる少女たちは、押し競饅頭をして真ん中のポジションを
    取り合う「真ん中ゲーム」をする。その姿が瑞々しい。
    この部屋は、ソファーに座っている
    女の子の一人・山中志歩(役者名・役名が同じ。中学1年時代の
    少女たちは役者名と役名が同じ)の家の部屋。父は
    歯科医で大金持ち。彼女は、大好きな父が
    フランスで買ってきたという、子供達が手に手をとっているイラストが
    描かれた服を着ている。この絵がこの舞台を象徴しているものだとは、
    この時は想像すらつかなかった。中学1年の彼女の誕生日という事で、
    彼女はクラスメイトを誕生祝いに招いているという設定だ。
    ソファーに座っている藤松祥子、城川もね、尾崎桃子、高橋紗良は、
    山中の大の仲良し。親がお金持ちという共通点もある。
    例年、この5人だけで誕生日会を開いていた。
    しかし学校の先生から、他のクラスメイトも呼ぶべきと説教されて、
    普段はあまり親しくない人たちも招く結果になった。
     UNOをやっていたのは、年1回のミュージカル観劇を
    楽しみにしている一般家庭の女の子たち。自分達を「チーム中流」と
    呼んでいる。この3人の団結は固い。
     よくよく考えてみると、凄い構図だ。着ている衣装もさる事ながら、
    ソファーと絨毯の上というポジションで、「格差」を表している。
    中学1年でも彼女たちは、もう大人だ。グループを越えて遊びつつ、
    「格差」が表立って場が白けそうになった時、誰かが場を取り繕い、
    雰囲気を穏やかにしようとする。この必死さが笑いを誘う。
    我ながら残酷だ。

     そんな彼女たちを、数々の厳しい現実が徐々に蝕んでいく。
     夫が若い女と駆け落ちし止むを得ず山中家の女中
    として働く事になった尾崎の母(森桃子)の出現。同級生の前で
    嘘をついた小林に容赦ない体罰を加える小林の母(比嘉ニッコ)。
    小林の嘘が、金持ちグループに対する妬みからだった事も切ない。
    暴力を振るう小林の母に、真っ先にハグをして止めに入る山中。
    誕生会の主役とはいえ、ここまで結構ワガママな行動をとってきた
    山中だから、意外な優しさと勇気に驚かされた。
    山中一人の力じゃビクともしないので、グループの垣根を越えて
    皆で小林の母を止めようとするシーンは、笑えるところ
    満載なのだが、同時に心に迫るものがあった。まさに
    山中が着ている服のイラストに少女たちの姿をだぶらせてしまう。
     そして最後に待ち受ける極めつけ。本編が始まる前、椅子に
    座って男や恋愛を語っていた福井夏が、何と山中の父と
    不倫をしていた事が発覚したのだ。山中の父はわいせつ罪で
    逮捕され、経営していた病院も倒産。困惑する山中。
    それ以上に動揺していたのが、最愛の相手に会えなくなる福井だ。
    不倫サイトに登録し出会ったのが山中の父だった。
    交際してから同級生の父だと気付く。皆から非難されるが福井は言う。
    「ノリオさん(山中の父)だって、不倫サイトに登録してた
    じゃないの!」ぐうの音もでない事実。
    そんな中、一人だけ福井をかばったのが、彼女とおしゃべりを
    していた大竹沙知だ。「なっちゃんは、本当は友達思い。
    私たちはお金がないから皆でサプライズをやろう、と言い出したのは
    なっちゃんだった。山中さんのために、サプライズを率先してやった」と。

    この演劇の秀逸さの1つに登場人物の多面さがあげられる。
    自分の気持ちを押し通そうとするが友達思いの面もある福井。
    ワガママだが優しさと勇気を併せ持つ山中。
    普段は友達思いだが、計算高くイザという時には友を盾してしまう藤松。
    娘思いだが、キレると容赦なく体罰を加える小林の母。
    子供たちのために明るく振舞うが、自分の事となると熱くなる尾崎の母、
    等等。
    それを受ける登場人物たちのリアクションや表情も目まぐるしく変わる。
    各登場人物の多面性が、物語に笑いと膨らみ、そしてリアリティを
    物凄く与えている。

    でも、全く効き目がない。さらに福井は畳み掛ける「私は、
    ワンルールで母と弟の3人暮し。山中さんの幸せを少しくらい
    私に分けてもらっても良いじゃないの」と。お金持ちグループを
    羨ましがる感情に同情する声があがり、場はますます混乱する。
     絶望に打ちひしがれた山中は藤松たちの制止を振り切り、
    母の運転する車に乗り、家を後にする。
     それから、山中と藤松たちとの連絡は途絶える。

     最悪の誕生日会から6年。高校生になった藤松(安川まり)たち
    4人組は相変わらずお金持ち家庭。
    毎年、山中の誕生日に彼女の居場所を探すため旅をしていた。
    藤松はあの日、山中をハグしてあげられなかった事をずっと
    後悔していた。藤松は子供の頃お婆ちゃんが死んで
    悲しみに暮れていた時、山中にハグされて
    救われた経験がある。あの日、私もハグをしてあげていれば
    山中を救ってあげられたのではと悔やんでいたのだ。
    あとの3人は、その苦悩し続ける藤松を見るのが心苦しく
    何とか助けたいと思い、藤松の山中探しの旅に同行していた。
    1年が過ぎ、大学1年になった時、4人は成長した
    山中(増澤璃凛子)と再会する。
     美人過ぎるホームレスインスタグラマーとして活躍していた
    彼女は、昔の彼女とは全くの別人だった。犯罪者の娘である事を
    隠し通すために、整形をし、肌の色も変え、母とも縁を切り、
    一人だけでも稼いで生きていく術を頑張って身に付けての
    現在であった。
    昔茶色が好きだと言っていた彼女が暮らすダンボールハウスは
    薄い紫色で統一されていた。
     再会に感動する藤松。だが、山中の反応は違った。
    「ホームレスにもご近所付き合いがある。近所迷惑だ」
    「今は祥子ちゃんたちと会っても何とも思わない」だから
    帰ってと。あまりの冷たさ、あまりの変わりように驚き、絶望し、
    怒りを覚えた尾崎(李そじん)たちは藤松を置いて立ち去ってしまう。
     「あの日の山ちゃんの気持ちをずっと想像していた」と、
    何とか山中の心を開こうとする藤松。だが「想像するのと
    体験するのは違う」と冷たく言い放ち、藤松の顔を睨みつける山中。
    睨みつけながらも目は潤んでいて、身体が小刻みに震えていた
    増澤さんの演技に心震えた。
    そこに中1の山中が現れ、大人になった彼女を怒鳴りつける
    「ここまでどれほど寂しくてみんなに会いたかったか!
    気付いてほしくて、(独特な)歯だけは変えなかったじゃん!」と。
    だが、大人の山中は心を開かない。
    自分の会いたいという気持ちを優先して、過去の自分に
    蓋をしたい山中の気持ちを犠牲にして良いのか?と
    激しく揺れ動く藤松。彼女の潤んでいる目に思わず
    引き込まれてしまった。中1の藤松が成長した自分に叫ぶ
    「ここまでブレずにやってきたじゃん。一度決めたらブレないのが
    私の取り柄じゃん」と。大学生になった藤松は涙を流す。
    中1の藤松も目に光るものがあった。
    演じている安川さん、藤松さん、渾身の演技。
    観てる方も胸が熱くなる。
     大人になった藤松は、あの日、サプライズとして歌うはずだった
    ロッシーニの「愛」を山中に向かって歌い出す。するとあの日、
    あの場所にいた全員が山中に向かってそれを合唱し始めた。
    無邪気に喜ぶ子供の山中と、冷たい態度は変えないが
    小刻みに身体を震わし明らかに心が揺れ動いている今の山中。
     
     合唱で歌われるロッシーニの「愛」。
    この物語をまさに体現している。
    この歌有りきで、この曲に合うように脚本を書いたのでは、と
    思いたくなるくらい。まさに伝家の宝刀。やられた~、と
    叫びたくなるくらい心打たれた。
    歌詞の中の「貧しき者に望みを与う」。この場面にぴったりだ。
    経済面はもちろん、心も貧しくなっている今の山中に、
    寄り添う事で望みを与えたいという藤松の切なくも熱き願いが
    込められているように聴こえてならない。
     そして「友となりし我らは苦しみを分かち合わん」の歌詞。
    まさにこのお芝居の肝だと思う。藤松の何とかして
    今の山中に伝えたい心情の核心中の核心。
     この歌詞の具体的な表現方法として、このお芝居では「ハグ」が
    重要視されている。お婆ちゃんを失った藤松の悲しみを
    分かち合うために山中はハグをしたのだと考える。だから
    藤松は山中をハグする事に拘る。
     劇中、チーム中流にひょんな事から亀裂が入るが、やがて
    仲直りをする。その時にも彼女たちは思い切りハグをしていた。

    振り返ると、これは凄い皮肉な事で、その皮肉がラストを
    暗示させている。チーム中流は、家庭にお金はないが
    苦しみを分かち合い友情を固めた。逆に、お金持ちチームは
    お金を持っているが、苦しみを分かち合えず友情を失った。
    山中は失ったお金を自分一人で稼げる方法を身に付けたが、
    苦しみを分かちあって欲しいと内心思いながら拒否し
    友情を捨てた。

     歌が終わっても、気持ちが変わらない大人の山中を見て、
    失意のうちに立ち去る藤松。その彼女にそっとハグする
    子供のころの山中、で劇が終る。

    「夢も希望もなく。」のラストを思い出した。あの時は
    長い間失われていた友情が最後に回復するお話だったと
    記憶している。今作は回復しなかった。
    「根本作品に同じ結末はない、甘かったな」と自分に
    駄目出ししつつ、甘くないからこそ、心にしっかりと
    刻み付けられた作品だった。

    チラシで根本さんは「書いたことのない女の子達を、
    ニューヒロインを私から出したい」と語っていた。
    その願いは叶えられたと思う。
    「女の子であること」「根本さんの舞台を観劇したことが
    あること」、この2つの条件でオーディションを受け
    合格した21人の女優さんたち。夢・目標であった
    根本作品への出演を叶えた彼女たちには、
    次なる夢や目標に突き進んでいって欲しいと強く願う。

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    2018/05/19 16:04

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