満足度★★★★
観始めてから、途中でしまった!と思った。
友吉があんなことをした、と皆が言う。周囲から責められ家族までもが弾圧されるような、いったい何を彼がやったのか。それが途中までははっきりと語られない。何の予備知識も入れずに観ればよかった。彼が何をしたのか(いや、しなかったのか)を知らないまま、それを考えながら観られたらよかった。
だが、そんなことを思っていたのはわずかなあいだだった。
その時代の息苦しさそのものが、友吉への、そして友吉の家族への迫害となって具現化する。
新劇系の5つの劇団が協力しての上演とあって、キャストの層も厚い。多彩な登場人物をそれぞれ説得力のある演技で描き出していく。
共産主義者も右翼の国士も友吉に洗礼を施した牧師も、それぞれの迷いや矛盾が描かれる中で、友吉の頑ななまでの無垢が痛ましく輝いていた。
それはキリスト者としての行動だったのか。あるいは、彼の観ていたエス様は、彼だけのためのものであったのかもしれない。
戦争中から戦後にかけて揺れ動く人々の中で、彼の無垢だけが揺らがない。
……いや。そうとは言い切れない場面もあったか?
戦後の苦しい生活の中で、彼は自らの信念に疑問を抱くようにも見えたのだけれど。
タイトルは聖書の中のペテロの言葉から取られたもののようだ。
しかし、ラストで繰り返される「そんな奴は知らない」という言葉は、ペテロの場合とは異なり、彼をかばうため、彼が妹と大切な女性を無事に連れ帰るためにつかれたウソだったのに。
そんな時でさえ、バカ正直に応えることしかできない。
前半の、歯を喰いしばりながら観るような緊張感と、後半のある種の喪失感と。
殺すなかれ。
その戒律を守ることだけをどこまでも貫こうとした ある男の物語。
約70年前に書かれた戯曲が、もしかしたらこれからの我々にとってもっとも切実な課題を浮き上がらせているのかもしれない。