死神と9月のベランダ 公演情報 東京カンカンブラザーズ「死神と9月のベランダ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    映画音楽「唐獅子牡丹」…♪義理と人情を秤にかけりゃ 義理が重たい男の世界♪と歌われていたが、本公演、自分では理屈と感情を秤にかけたら”感情”の揺さぶりの方が上回った。
    演劇らしい現実離れした設定であるが、人が持っている優しさ、厭らしさが端的に伝わる公演である。タイトルから明らかなように死神は登場するが、「死神」と「死に神」という表記では印象が違ってくる。物語は人と死に神の関係の変化、地域という風景の移ろいが感じられるヒューマンドラマである。1997年から2017年という20年間に亘る時間軸の長い物語であるが、時代を区切り(演出の工夫)分かり易く観せている。
    (上演時間1時間50分)

    ネタバレBOX

    背景は、1997年、2000年、2007年、2017年という区切り。大阪の泉州地方の某町で地元でスーパーを営んでいる家族の居間兼事務所といった場所を出現させている。
    セットは、中央にソファー、上手側に机と外へ通じる扉、その奥に二階へ上がる階段。下手側に窓、ソファー、その上部に別空間のベランダを設える。

    物語は、関西空港が出来て町の開発が進み、従業員がこのスーパーの合併話を勧めているところから始まる。展開は先に書いた年代を順々に暗転で進め、それに伴って登場人物の演技や衣装も変化してくる。構成は時代ごとのトピックを描くことで全体を繋げていく。

    理屈と感情の世界…。
    まず理屈…本筋である「死神」の存在、その自体の在り方をどう解釈すればよいのか難しい。この地域の担当する死神は2神(浅村拓海、小田切優奈)、人の目に見えることから一時的に死人の身体を借りる、という憑依しているような描き方。成長することのない死人が死神の”力”によって記憶を無くした時代を生きている。死神が生きている女性と恋をし死の世界へ誘うが…。また長く行方知れずだった鷹山真二が一時的に記憶喪失になっていたが、死神との関係を期待したが何もなし。主筋の「死神」の描き方に広がりがないこと、不十分、説得力がないのが残念。
    もっとも、主宰の川口清人氏は、当日パンフに「突っ込みどころが多々あることも十分承知しております。それでも(中略)人の優しさや温かさ、懐かしさなどを感じていただければ幸い」と書いている。その意からすれば理屈より感情を優先させても良いだろう。

    次に感情…時代毎の挿話が良かった。例えば、長女の難病治療(骨髄の提供)のために二女を産む親(祖父も含め)のエゴ。その姉妹のそれぞれの立場での苦悩と真心(妹のために死に神(拝む)ような)。児童施設育ちと裕福な家庭の子の優劣・差別意識などのエピソード、さらには施設の子を優先し実子の気持は後回しを思わせるような場面は泣ける。

    公演は本筋、脇筋が逆転していること、挿話の面白さがうまく絡んでいないところが残念であった。それでもリンドウ、キンモクセイという花の香りがするような、そんな余韻が素晴らしく、感情が理屈を上回った。

    次回公演を楽しみにしております。

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    2017/10/16 17:44

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