満足度★★★★★
鑑賞日2017/06/10 (土) 14:00
【荊の肖像】
舞台中央に置かれた、一輪の真紅の薔薇。その紅は、まるで血を吸って紅く染まったような真紅。
原作は、シェリダン・レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』。
主人公ローラが 19 歳の頃に起きた話を、回想して手記にしたためたという形式で展開される物語で、馬車の事故に遭い、偶然居合わせたローラの父に助けられたカーミラは、急ぎの旅の途中だからと、カーミラの母によりローラの父に託されローラの人里離れた古城に留まる事になる。
カーミラの母は、ローラの父に自分たちの素性を探らないようにと念を押して去り、その日からカーミラと共に生活するようになったローラはカーミラに夢中になるが、カーミラには寝る時は部屋に鍵をかけ、部屋に他人が居ることを拒絶し、素性は家柄が良いこと、名をカーミラということ以外は明かさないという、いくつかの不思議な点があった。
たびたびローラを愛撫しながら愛を語るが、語られる言葉は生死に関わる謎めいた言葉ばかり。起きるのは毎日正午過ぎ、食事はチョコレート1杯で、いつも蒼白い顔をし、気だるそうな様子をし、賛美歌に異常な嫌悪感を表す。
やがて、城周辺の村で異変が次々に起きるようになり、何人かの女性が相次ぎ死亡し、村に蔓延る奇病の流行が噂されなか、ついにローラ自身も体調の不良を訴えるようになる。
ローラの家で見つかった、カーミラと瓜二つの美しい貴婦人の描かれた不思議な肖像画。その肖像画の謎が解かれた時、あまりにも切なく痛ましい結末が待っている。時をかける吸血鬼の悲哀を描いた作品。
幼い頃、互いの夢の中に現れた事を思い出し、急速に親しくなり、心を許し合うカーミラとローラ。
白城さくらさんのローラは、初めて出来た友だちに、疑うこともせず、カーミラの言葉を信じ純粋な友情としての愛を真っ直ぐにカーミラに向ける無垢な白百合のような乙女のような可憐なローラ。
乃々雅ゆうさんのカーミラは、ローラへの友だち以上の、恋愛感情を孕んだような愛を秘め、恋人に囁くような愛の言葉を事あるごとにローラに囁きながらも、自らの呪わしい運命に抗おうとする心の葛藤が、眼差しに映していて、その如何ともし難い深い悲しみが伝わって来て胸が痛んだ。
武川美聡さんのローラとカーミラを温かく見守るローラの家庭教師ラ・フォンテンとカーミラに吸血鬼としての生き方を強要し、普通の少女として生きたいと願うカーミラを支配しようとする冷徹な母という全く違う性質の女性をを声色や身ごなしで描き切る。
朝霞ルイさんのローラの父の友人で、溺愛していた姪が村に蔓延る奇病で亡くなったとされているが、実は怪物によって命を奪われたたのではないかと考え、怪物探索をして退治しようとしていたスピエルドルフがカーミラの正体を見抜き、葬ろうとする時にカーミラに向けた眼差しの奥に宿る憎しみと姪の命を奪われた事の絶望的な悲しみを感じた。
佐藤まどかさんのフルートとチェンバロの生演奏が物語を更に美しくドラマチックに、刹那な悲しみを彩ってゆく。
吸血鬼が題材になってるのに、血が滴ることもなく、猟奇的なおどろおどろしさもなく、其処にあるのは、カーミラという一人の少女の悲哀と深く絶望的な孤独のもたらした美しくも儚い物語として描かれていた。
カーミラがローラに囁く言葉やスキンシップに、同性愛を彷彿とさせるが、スキャンダラスでもなく、ステレオタイプでもなく、初めて自分を理解しようとし、受け入れてくれる人に出逢い、血を吸わなければ永らえる事が出来ない自分の命を賭しても、ローラが生き延びることを願い、呪わしい自分の運命を断ち切る為に自らスピエルドルフに討たれ命果てて行ったカーミラの悲しみに胸が軋み、心に涙が溢れた。
最後にスピエルドルフが空に放ったカーミラの首が、真紅の薔薇の花弁(はなびら)となり、舞台と客席に飛び散り、床に散り敷かれたその花弁は、カーミラの血であり、カーミラが流した涙のようにも見えた。
1時間10分の舞台とは思えない、濃密で深く美しい舞台だった。
『耽美童話の会~荊の肖像・櫟の館~』、幻想と幻影が手を取り合い、睦み合い、混ざり合い、融け合った言葉が唇から零れ落ち、指先と眼差しから迸り、紡がれた美しい物語に幻惑された2時間10分。
細胞のひとつひとつがため息に満たされた甘美で刹那な時間に漂った舞台だった。
文:麻美 雪