60'sエレジー 公演情報 劇団チョコレートケーキ「60'sエレジー」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/05/07 (日)

    高度経済成長期の高揚感と、その波に乗れない人々の悲哀が“日々のことば”で語られる。
    上手く転身できない、あるいはしようとしない人々の、焦燥感と苛立ちが痛いほど切ない。
    集団就職の少年役、足立英さんの初々しさと瑞々しさに感嘆。
    脚本がいいなあ。台詞がいいなあ。
    歴史物の格調高いのも好きだが、普通の会話でこんなにボロ泣きしたのは久しぶりだ。


    ネタバレBOX

    舞台は昭和35年、東京オリンピックを前に、東京下町の小さな蚊帳工場が
    一人の集団就職の少年を迎える。
    下手にはガラガラッと外から入れば広がる三和土、奥には作業場がある。
    上手は神棚が祭られた居間である。
    会津から来た少年修三(足立英)は、ベテランの職人(林竜三)に仕事を仕込まれ
    社長夫妻(西尾友樹、佐藤みゆき)の愛情に包まれて成長する。
    だが高度成長期の日本はその生活様式までもが変化、蚊帳の需要は次第に減っていく…。

    昭和30年代の推進力ともなった、時代の高揚感が伝わってくる。
    劇中の台詞にもあったが、戦中戦後の物の無い時代の反動にも見える物欲と拝金主義。
    それを享受する人がいる一方で、変化する社会について行けない人も多かったはずだ。
    商品開発などという器用さを持たない職人気質と、
    商売替えを考えるより、人としての義理を優先する社長の心情は、
    時代へのささやかな抵抗にも見える。

    その不器用で一途な社長の思いがほとばしるような西尾友樹さんの演技だった。
    冒頭テンションの高さにちょっとびっくりしたが、それが彼の“照れ”の裏返しと判ると
    妻役の佐藤みゆきさんとの相性も良く、バランスの良さは物語の要となる。
    古いタイプと言われるのだろうが、いい夫婦だなと思う。
    正しい選択ではないのかもしれない。
    だが常にベストの選択をしたのだ、この夫婦は。

    岡本篤さん演じる社長の弟の、軽妙だが繊細なキャラが素晴らしい。
    頑固な兄の選択を受け容れて、自分が口減らしのために転職する。
    ふと、岡本さんが社長、西尾さんが弟、という配役もあったかもしれないと思ったりしたが、
    この弟の鷹揚さは、やはり岡本さんだろう。

    ベテラン蚊帳職人役の林竜三さんが秀逸。
    その佇まい、風呂敷包みを持って帰る仕草、潔さなどすべてが年季と実直さを表している。

    兄弟の幼馴染で隣に住む実役の日比谷線さん、軽いだけの紙芝居屋かと思いきや
    「引き際を誤るなよ」と忠告し、自身も不動産屋に就職する男がとても良かった。
    時代を冷静に見て家族のために身を処するが、どこか一抹の寂しさをたたえている。

    先代のときから蚊帳を仕入れてくれた寝具店の営業マンを演じた浅井伸治さん、
    相変わらず隙の無いなりきりぶりが見事だった。
    会社の方針との板挟みに悩みながらも、蚊帳工場に冷静なアドバイスをする、
    その反面、面倒見が良く、修三の次の就職先を世話したりする人情派。
    嫌な話をしに来た時の、緊張感が伝わって来るような姿勢や歩き方が素晴らしい。

    集団就職で状況してきた少年から、夫婦の元で夜間高校、大学と進学する修三の
    刻々と変化する様を演じた足立英さん、
    瑞々しい少年期から、理想に燃えて学生運動に身を投じる青年期まで演じきった。
    彼が72歳(確か…)でこういう最期を遂げるのかと思うと、誠に寂しい。
    修三が一番輝いていたのは、蚊帳工場で過ごした10年間だったのだろう。

    新しい職場へ移る修三に妻が、困ったときにはいつでもおいでとかけた言葉
    「必ずあんたの味方になるから」という台詞にボロ泣きした。
    ラスト、修三が大学に合格した日のシーン、
    西尾さんの「合格です」という小さな台詞に、笑いながらボロ泣きした。
    何度ボロ泣きしただろう、どれも市井の人々の日常のことばに。

    「何かを成し遂げた」人も素晴らしいが
    「何も成し遂げずに終わった」人も素晴らしい。
    チョコレートケーキは、そのどちらにも光を当てることが出来る。
    再びの「東京オリンピック」を前に、私たちはまた何かを喪うのだろうか。
    そんなことを考えさせてくれる作品、ありがとうございました。






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    2017/05/07 23:20

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