鬼啖 公演情報 芸術集団れんこんきすた「鬼啖」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/04/08 (土)

     女性二人の真剣勝負。片や鬼と謂われた人喰い、片や尼僧。単に話に終わらず、かといって単なる言語合戦でもない。女性(にょしょう)の命を賭けた生き方そのものへの問い!!
    花五つ星。見事である。

    ネタバレBOX


     舞台は、板を側面から挟み込む形で客席が設えられ、板上には鰻の上半身を上から眺めたような形の赤茶けた敷き物。この敷き物の側面には白っぽい礫が散らばっており、胴の中ほどには、鬼と化した女が縛めの縄を打たれて蹲っている。その背面は洞窟の奥を示唆するかのような黒い緞帳で覆われ天井からは縄のような物が二十数本垂れている。鰻の頭長辺りから1mほど幅のアプローチが架け橋となっていて、麓の村から通ってくる旅の尼の通り道である。
     さて、尼は誰からも好かれ、頭も良く若い青年が、鬼に食い殺されたので折伏して欲しいと通り掛かった村で頼まれたことから、この洞へやってきたのだが、鬼とは女子。而も村人を憎み呪う情念の強さは尋常でなく、理屈も立ち一筋縄ではゆかぬことを初の訪問で知る。翌日、更に翌々日と尼僧と鬼の対決は続くが、賢い尼僧がソクラテスの弁証法の如き論理で追い詰めたかと思えば、鬼は尼僧の知識の不備を突き、鬼のパトスの拠ってくる場所を弁えぬことの非を衝く。尼僧も負けてはいない。己を虚の状態に置き、とことん鬼の呪いの拠る所に添おうとする。この過程で鬼は尼僧の過去を見破り主客転倒するかと思われた反転世界が表現された後、二人は互いに正確に相手の位置を知り、恋に身を焦がす女子の性(さが)の執着の凄まじさと凄惨なまでのパトス、煩悩の坩堝の只中で生きて死ぬことの哀しさを共有する。このシーンの実に美しいこと。鬼女を演ずる中川 朝子さんの情念の炎に煽られながら同時に生きる者の真の哀しみを表現するような素晴らしい演技は必見。尼僧を演じるマリコさんも熱演である。脚本・演出の奥村 千里さんのシナリオ・演出も一瞬も目を離せない緊迫した舞台に仕上げている。シンプルだが、本質的な舞台美術もグーだし、照明、音響も適切である。スタッフワークも温かく丁寧である。何度観ても良い舞台と言えよう。少しだけ、どれだけキチンと作られているか参考までに記しておくと。縛めの縄もキチンと捕縛術に則ったものという本格的な縛り方だ。因みに明治時代以降、日本の警察が用いた捕縛術の縛り方も忍びの捕縛術を踏襲したものであった。こういう点にまで注意した丁寧で真摯なつくりの舞台なのである。

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    2017/04/09 00:45

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