冥途遊山 公演情報 片肌☆倶利伽羅紋紋一座「ざ☆くりもん」「冥途遊山」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    片肌☆倶利伽羅紋紋一座「ざ☆くりもん」の新春祭り3館同時公演の1つ。
    この松飾内で行われる恒例公演は、3館の上演物語が重なり1つの物語を成している。その連動というか連携した描き方は見事である。また、正月ということもあり、時代劇(女優陣は着物姿)として華やかな雰囲気を漂わせている。

    タイトルの”冥土”から「彼岸」と「此岸」を往還するような物語であるが、”遊山”とは…その場所と期間が気になるところ。

    ネタバレBOX

    舞台セットは、劇場の天井が高いことを利用し、多層通路のようなものを作る。そこが遊山の途であり、現世という次元の違いを表出している。

    梗概は、「此岸」における話…本筋に大店の娘と奉公人。その娘に言い寄る商売敵のような店の若旦那。その陥穽によって娘は吉原遊女になる。その奉公人はその仇の若旦那を…。本筋とは別にいくつかの脇話を従えて物語を振幅させる。「彼岸」では、現世の話に呼応するよう四十九日法要に向けて七日間区切りで生きてきた時の所業に応じて逝く先(天国・地獄など)を決める、そんな裁決の場面が繰り返される。
    人それぞれの生き方をしてきており、その思い(悔悟・愉悦など)が此岸の場面として描かれる。この彼岸・此岸の往還を通して人の死後、その死出の旅路がコミカルに描かれる。

    この芝居の冒頭、いや上演前から上手側に「地蔵」が立っている。何度も弄ばれる様な場面があるが、この地蔵尊こそ物語の重要なカギ(キーウーマン)となる。

    死の瞬間から次の世に生を受けるまでの期間が 四十九日といわれ,人の死後その冥福を祈る。初七日は、故人が三途の川のほとりに到着する日。故人が激流か急流か緩流かのいずれを渡るか裁きで決まる大切な 日で、緩流を渡れるように法要をする。 故人は七日ごとに冥道の裁判官によって裁判を受け、 故人の最終的な行くべき道が 定まるのがこの七七日(四十九日)ということ。 極楽に行くのか、地獄 に行くのかの分かれ目である。
    この仏教に纏わるところを、現世の行いを観せながら勧善懲悪のように描く。そのコミカルな演出と切なく悲しいラストの落差が印象的であった。

    次回公演を楽しみにしております。

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    2017/02/05 15:42

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