メゾンの泡 公演情報 無隣館若手自主企画vol.15 柳生企画「メゾンの泡」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    色白の棲息者たち
    憂鬱な顔をした近未来の姿というものは「予見する」=今見えていないものを見る=ことの価値を、云々する以前にそこに現前させて溜飲が下がる。「今見えていないもの」への憧憬が辛うじて、現在の生を生かしめている、そういう所が(とりわけ現代には)ある。と思う。『ブレードランナー』『惑星ソラリス』(この二つは「遠未来」だが)『ストーカー』等の映画には、環境の大変化した場所で人間が美しくも病的な漂白された姿を見せる。「現在」に居る我々には、未来の彼らが(過去として我々の現在を知る者ゆえ?)神々しく映り、静謐の中に無尽蔵な情報の存在を予感させる。彼ら自身は多くを忘却しているにも関わらず。
    この芝居では、小さな自室の内部で胎内回帰していくように女性が無言・無動作でたたずむ時間がある。太陽に背を向け地下に「引きこもる」生を選んだ人間はモヤシやカイワレを連想させる。イキウメの『太陽』はパンデミックの末に生まれた人間の亜種が世界を(一時的に)支配する社会の一コマを描いていた。今作は「想定」のつじつまに関して突っ込みどころはあるが「近未来」の提示に相応しい作法が貫かれていた。憂いを帯びた表面の向こうにある「何か」を探り出そうと思わず手を伸ばし、思考を巡らす楽しみ(憂いを帯びた)があった。下へ行く程上位に位置する完全階級社会の設定は、上位の階級がもてる力をより積極的能動的に行使するイメージとは異なり、「引きこもり」「眠った状態」のイメージを重ねた。だがある見方をするなら、小金を持つ分だけ守勢にシフトするその延長には、貪欲を通り越した「眠り」に等しい生の姿を見出せるのかも・・等等の連想も愉し。

    0

    2017/01/11 05:16

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大