満足度★★★
これでは泣けない過去公演を3本以上観ていて、今回進化しているものを期待して足を運んだ向きには残念な作り。この手の演出は食傷気味でぐったりしてしまう。こんなのを新作って呼んじゃいかんよ~!高い金を取ってるんだから。新規も大事だけど、ずっと支え続けたファンを飽きさせぬ演出で満足させてなんぼ。やはり「ビョードロ」がピークだったのか-その後いいものを観ていない。以前はポケットティッシュ2個必要だったけど、本作でも全く泣けなかった。
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2016/12/05 23:41
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2016/12/06 11:56
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まず,倍々作戦などは,単なるジョークでしかなく真実味がない。そのような「ネズミ講」的な勧誘は,美しい観劇集団にもっともふさわしくない。
ぼくたちのやってることは,子どものような美しい心を取り戻したい活動なのです。劇場の規模も,「D倉庫」規模がちょうどよく,それ以上のおしゃれなシアターは苦手です。そこに来て,ケツが痛くなるのを忘れて,無邪気な気持ちになれる「しあわせなる少数のものたち」が必要なのです。あなたがたは,スタンダールが,To the happy fewといった観客!その仲間をひとり,ふやしたい!
といったら,いかがでしょうか。チョウカク・チョウカク,も,よくやったヒロシ!はもはや,いらない。(だれが,ばばあじゃ!は,いいかもしれない・・・)
そもそも,演劇を見に来るおじさんなどは,社会的に多少のたくわえはあるが,芸術的な場をあまり知らない。お友達も仕事仲間,同窓生くらいしかなく,どこぞから大量動員してほしいなんて要望はむちゃぶりですね。(親戚すじのおねえちゃんが,ストリートライブを始めたから,毎週通ってほしいとツイートしていますが,うんざり!それに似てる)
『ビョードロ』で到達した格調の高さには,敬意を払うものの,それはその作品にロジックやら,展開,個性的な演技力が多々あったからでしょう。公演そのものに,力があった。
たとえていえば,チェーホフ『かもめ』を,あまり崩さないで上演し続ける方が,成功する。イプセン『野鴨』を,手を加えず,静かに演じた方が良い。おんぼろは,金太郎飴劇団です。でも,『ビョードロ』は,最高傑作です。その類似品は,もう見たくないのです。
なのに,かもめを,ニワトリ版にしたり,七面鳥版にしている。さらに,「野鴨」を,帰り際に,グッズで売るような無神経さが垣間見える。自殺した少女を悼む観客は,観劇のあと,失望してしまう。どこか,視点がずれ始めているのです。
スタニスラフスキーとか,チェーホフは,『かもめ』について,必ずしも一致した見解をもってはいなかった。しかし,モスクワ芸術座は,その看板に,「カモメ」を掲げることになった。「カモメ」は,とても神聖なシンボルとなったのです。
『ビョードロ』にも,同じようなものが現れましたね。『ビョードロ』「ジョウキゲン」の,狂気,生まれながらに,タネを滅ぼすことしか知らない純粋な「魂」の矛盾した輝き,美しさ,それが忘れられません。