天皇ごっこ ~蒼白の馬上 1978326~ 公演情報 高木尋士主催 見沢知廉七回忌追悼公演「天皇ごっこ ~蒼白の馬上 1978326~」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    右の翼と左の翼を手に入れて跳ぼうとした少年の身体は重かった...。
    今日の公演だけ、公演前にプレトーク「作品としての見沢知廉」が行われた。
    世間知らずなんでメンバーの鈴木邦男という人が
    どんな人なんだか知らなかった。
    一水会のトップだった人と言われてもピンとこない有様で...。


    ちなみに前の席にはレイニン(椎野礼仁氏)だろう人だった。
    2003年、PANTAと一緒に開戦前のイラクに行った人だ。
    (「パンタとレイニンの反戦放浪記」、とても面白い本)

    おそらく雨宮処凛は来てなかっただろうな。


    実は、今日の公演は「天皇ごっこ」の舞台化だと
    席に座るまで信じ込んでいた。
    実際は違ってて、タイトルにもあるように、
    1978年3月26日の成田空港管制塔占拠事件を
    モチーフにしたものだった。

    奇しくも一昨日のライヴでPANTAが成田の抗争に触れ、
    「あん時ゃ絶対成田なんか、と思ってたけど
    できちゃうと成田から飛行機乗っちゃうんだよなみんな」
    って発言があったりして、

    1978年っていうと中学の頃で電車好きだったから
    スカイライナーは見切り発車だなー位しか覚えてないわけだ実際。
    三里塚のイベントを収めた「幻野」も遠い昔の事のように見たし。

    それが今日の舞台で少しわかるんじゃないかと思い直して臨んだ。

    舞台といっても舞台全体を鉄パイプを天井まで組み上げた
    バリケードが覆っている。

    そこに張りめぐらされたロープに、時に宙吊りになりながら
    芝居をするという凄まじさ。

    どう見てもパティ・スミス「LAND」のジャケットから抜け出てきたような、
    黒い布で目隠しされ拳銃を手にした役者が印象に残った。


    冒頭から随所に亘り見沢知廉の略歴が台詞に登場する。


    このバリケードは見沢知廉そのものを表現したものなのか?



    右の翼と左の翼を手に入れて跳ぼうとした少年の身体は重かった...。


    見沢知廉の外面と内面。


    亡くなる前に、PANTAの公式サイトの掲示板に
    見沢知廉の書き込みを見つけた。
    ---いろいろご心配おかけしましたけれど、
    もう大丈夫なのでこれからもよろしくお願いします、みたいなことを
    簡潔ながら実に丁寧な文章で綴られていたのを覚えている。



    それからしばらく経っての訃報。

    言葉が出なかった。


    見沢知廉という作家が存在したということは決して忘れない。

    ネタバレBOX

    見沢知廉を知ったのは2001年、PANTAが雑誌で対談した記事を
    読んでから。

    PANTAもビビるほどの経歴で、ゲリラと殺人罪
    (事件は29年前の9月11日に起こった)で12年間投獄、

    獄中に執筆した「天皇ごっこ」が新日本文学賞を受賞。
    出所後は作家として活躍。
    2005年9月7日自らで命を絶つ。享年46。


    「天皇ごっこ」は文庫(アホみたいに安かった)で読んだけど、
    これは絶対獄中でしか書けないだろうな、

    獄中のドキュメントストーリーに、昭和10年代前半の出来事と、あと...。

    何せ獄中で書いたものを4倍に加筆したというから読み応えあり。

    様々で壮大なストーリーが並行して描かれている大作だ。

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    2016/06/16 22:33

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