客 公演情報 Interdisciplinary Art Festival Tokyo「」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    「客」の意味するもの
    精緻に言葉が配置され、構成も組まれていているが、そ
    れらの演出を、観客の体験が、そこから想起される記憶が、
    軽々と越えていく点にこそソ・キョンソク氏の面白さがある。
    その時はじめて作者の言葉が響いてくる。

    2014年の「From The Sea」ほどの衝撃はなかったけれど、
    とても興味深い体験だった。

    ネタバレBOX

    「かつての自分、捨ててしまった〈子ども〉」がテーマ。
    「客」が意味しているのは、「捨ててしまった〈子ども〉の自分」が今も住んでいる家につかのま帰省する観客の私。つまり、自分の家でありながら「客」(ゲスト)でしかない私のこと。
    また、同時に舞台に立つ「〈子ども〉の自分」を見る観客役の私という意味も含まれている。もちろん、単に観客であるということも。
    「客」にはそういう三重構造の意味がある。

    実際の古い家全体が舞台で、観客は役者(「〈子ども〉の自分」役でもある?)に導かれながら、さまざまな部屋を巡り、体験と想像を繰り返す。

    作品は観客に〈子ども〉の自分を想像せよと再三問いかけてくる。
    だが、観客の私はうまく想像できないというだけでなく、
    未知の体験をしているドキドキ感の方が作者のテキストを凌駕し、
    作者の言葉受けて充分に想像力を膨らませることができない。

    これはどこまで作者が意図していることなのか不明。ソ・キョンソク氏は自身の言葉を信用しているのか、あくまで補助線だと思っているのか。いずれにせよ、発せられる言葉は様々に異化される。伝達不可能なように解体されたり、ただの声のようになっていったり。その声がまた言葉に近づいたり。
    更に、観客に「想像せよ」と言いながら、内省を拒むような仕掛けも見られる。コミカルな効果音が使われたり。
    内省させたいのか、すべて含めて体験をさせたいのか、、、。おそらく後者だろう。

    体験については、一般論を書くことができない。この作品に参加した者の数だけ、その体験、つまりこの作品があるのだから。
    そのため、私は私の体験を書く。

    私は正直、作者のテキストは充分には頭に入ってこなかった。いや、言葉の意味としては入ってきているけれど、それを深めて自分なりに想像することはできなかった。その代わり、役者がこちらに働きかけてくる様々な行動に意識が向かった。役者が私に近づいてくる時、そして目を見つめてくる時、恥ずかしくて仕方がなくなり、どうしても目を逸らしてしまった。すると、その瞬間、小さい頃の記憶がよみがえる。恥ずかしがり屋で、内気で、お客さんが来るとすぐに奥に隠れてしまった〈子ども〉の私が。ただ、この性質は今でも続いているので、「捨ててしまった自分」なのかどうかはわからない。

    ある部屋で、「あなたは捨てられたことがありますか?」
    「舞台上に独りとりのこされたことがありますか?」
    「それを想像することができますか?」などと問われた。

    私は幸い、小さい頃は寂しい想いをしたことが無かったと気づく。家族に守られていたのだ。その点では、むしろ大人になった今の方が、そのような孤独を日々感じている。

    また、「〈子ども〉に大人の声は聞こえず、大人にも〈子ども〉の声は聞こえない」ということが示され、その上で「〈子ども〉に伝えたいことはありますか?」と役者に問われる。(役者は〈子ども〉でありながら、境界を行き来する存在でもあるのか?)私は何も答えられない。今更、伝えることが思いつかない。それほど彼と私の間は乖離してしまっているということか。

    最後の部屋で、「子供を捨てることで大人になると言われるけれど、その本当の意味がわかりますか?」と問われる。「本当の意味?」。
    「あなたはもう二度と戻ってこないでしょう」とも。

    その意味を考えながら、部屋を出る。そして家を。
    最後の部屋が日本間だったこともあり、昔の実家での昔の記憶がよみがえる。木木や木漏れ日の光について。空気の冷たさ。吐く息の白さを。

    「子供は捨てられる準備を繰り返している。その日にそなえて。」という言葉が頭から離れない。私が彼を捨てたのは何年前だろうか。15年前?20年前?25年前?いや、もしかしたら、今あの部屋を出た瞬間だろうか、、、。

    そういえば、役者が声として発せられず口パクのように言っていた言葉は何だったのか、、、
    別の場面で聞いた「わたしをどこかへ連れてってください」という言葉だったのか。
    私は彼を連れ出す機会を再度与えられながら、またしても彼を捨ててしまったのかもしれない。彼を舞台にたった独りのこして。

    「あなたは捨てられたことがありますか?」
    「舞台上に独りとりのこされたことがありますか?」
    「それを想像することができますか?」

    という声があたまの中をこだましていた。

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    2016/02/02 14:24

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