陽のあたる庭 公演情報 演劇ユニット狼少年「陽のあたる庭」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    ショータ役がグー
     内容的にはスタインベックの「ハツカネズミと人間」の翻案。無論、日本的にアレンジされてはいる。

    ネタバレBOX


     時代設定は1963年、つまり東京オリンピック前年である。ダイとショウタは野上の浮浪児上がり。戦災孤児である。ダイはしっかり者だが、ショウタはおつむが弱い。ふわふわしたものが大好きで見ると触りたがるのは、東京大空襲で母を早く亡くした寂しさの現れであろう。永遠の子供だから母のふわふわした感触が恋しいのだ。然しそのバカ力は半端ではない。優しいのだが、力の加減を知らないので動物を可愛がるつもりがいつも殺してしまう。今回は矢張り前の現場で、親方の女が着ていたふわふわのコートに触りたくて騒動になり、女が暴行だと騒ぎ立てたため、親方やその知り合いのヤクザに追われる破目になって、今度の現場へ流れて来たのである。だが、その2人には夢があった。金を貯めて小さな家を持つ、という夢だ。そこではショウタの大好きなふわふわの兎を飼うことにしていた。無論、小さいが庭もある。だが、今回移ってきた現場にも似た問題が転がっていた。親方の息子が乱暴者で背の小さいのをコンプレックスに持っており、大きい男を見るとそれだけで腹を立てた。目上の者には媚び諂うが、目下の者はとことんいたぶる下司である。しかも去年結婚した女房の浮気が心配で、年中監視していなければ気が済まない。その癖雀荘に入り浸って帰りが遅い。親が親方なので飯場に出入りしては子方に理不尽な暴力をふるったり、嫉妬の憂さ晴らしをするのである。子方たちは仕事を失いたくないから触らぬ神に祟りなしとばかりなるべく関わらずに済ませたがっていた。ところが、この女房も幼少時に疎開から帰ってみると母は空襲で死亡、父も復員してこずで14歳まで親戚を盥回しされた上ヤサグレてしまう。無論、男を騙してもきた。だが、自分の家族を持ちたかったのも本当だ。美人で若い上スタイルもいい。それで太郎が彼女の働いていたバーに来て一目惚れ、直ぐ結婚を申し込んで成婚となったのであるが、掴んだ獲物はババであった。それが不満で飯場にいる子方たち、とくに南方戦線帰りの梶原に話を聞いて貰いにきていたのである。だが、下司とはいえ亭主が年中嫉妬に駆られて飯場を訪れるので子方にとっては迷惑な話であった。
     ダイとショウタが暮らしていた野上がどんな所であったか、大体の察しはつこう。1945年3月10日関東大震災で痛めつけられ漸く再興した下町一帯をカーチス・ル・メイ指揮下のB29大編隊が襲った。海を除く三方を先ず火の柱で囲んで逃げ道を断ち、その後絨毯爆撃を掛けて一般市民(その多くが女子供老人であった)を生きたまま焼殺したのである。焼かれた人間が火のついたまま、凄まじい火災が巻き起こした上昇気流に乗って宙を舞うほどの火災であった。その為僅か数時間の間に生きたまま焼き殺された女子供老人ら市民の数は10万以上、人体から流れ出た油が隅田川に掛かる石の欄干に未だに沁みついて残っている。エンコから野上迄は、大人の足なら15分か20分の距離だから、焼き出された子供達の多くが野上に流れた。浮浪児達は、シューシャン(靴磨き)や闇市の手伝いなどをして生き延びた。ダイ、ショウタは闇市の話をしているから、野上に最初に入ったグループではなく何か月か経った後だろう。闇市が立ち始めたのは敗戦から暫く経ってからであるから。売品の中にはララ物資も無論含まれていた。留美子も14歳でやさぐれているからパンパンなども経験しているかも知れない。何れにせよ叩けば埃が出るような生活をしなければ生き残れなかった時代である。因みに法的に決められた生活を守った裁判官は餓死した時代である。またハイパーインフレは止まる所を知らず、まともな勤め人の暮らしより浮浪児たちの稼ぎの方が多かった上を下への騒乱の時代でもあった。街に溢れかえるチンピラは特攻帰りも多く、特攻では死の恐怖を忘れさせる為に覚醒剤が用いられていた為、戦後も日本薬局方・ヒロポンという名で合法的に販売されていたのである。国家などというものは、無論、そのでっち上げ理論の上で動く。決して普遍性もなければ合理性も持たない単なる虚構である。そう言って悪ければ無責任体制である。唯、多くは軍を味方に付け、権力維持をしているだけなのである。だから決して民衆を守らない。軍も民衆を守らないのは必然である。
     以上のような背景を背負った人間たちが登場する作品として観ると面白かろう。

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    2016/01/08 01:19

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