心中天網島 公演情報 遊戯空間「心中天網島」の観てきた!クチコミとコメント

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    20代の頃、演劇研究者の故中山幹雄 氏から近世文学(鶴屋南北、近松門左衛門など)を学んだことを懐かしく思い出した。当時は、どれほど理解していたか定かではないが、「女殺油地獄」の朗読劇を発表したことがある。今でも写真とテープが残っており、恥ずかしいが記念でもある。

    さて、近松門左衛門の作品についてはチラシ説明で詳しく書かれているが、その魅力は、登場する人物が皆追いつめられて破滅の道を選ぶ。追いつめられる状況が物語であり、その道を選択せざるを得えない、そこに共感が生まれるのだろう。
    芝居は、その選択の過程が観客の機敏に触れることが大切だと思う。しかし、制作側が結果・結論を示しては面白くない。”どうして“は観客に委ねることで解釈が画一的ではない広がりが出来る。

    本公演は、近松作品の物語としては忠実であるが、その演出は生演奏音楽、舞台美術としての映写文字など新しい試みで観(魅)せていた。

    ネタバレBOX

    近松作品は、当時実際に起きて世間を騒がせた事件をもとに創作しているという。その中でも「心中物」は、世間の好奇心や同情が集まり人気があったらしい。この頃の暮らしは、元禄バブル期から享保の質素倹約へ閉塞感が漂い始めた時期である。人々の不満など疲弊した状況を、今でいうワイドショーのような驚きと好奇な目で見ていたと思う。当時は心中事件が多く、幕府は世の乱れを憂い厳しい取締りをしていたという。そんな世相と近松作品...人間の本音を浮き彫りにしつつ、覗き見る感覚が庶民に支持されたようだ。

    現代においても心中は世間の耳目を集めるが、今の心中動機としては、近松作品のような理由では弱いかもしれない。この心中という結末に向けての道行きが情感豊かに描かれるからこそ愛される。そこには今にも通じる人間の魂が観えるから繰り返し上演されるのだと思う。

    本公演は物語(現代ではストーリーに新鮮味がない)こそ忠実のようであるが、観せる工夫として独特の台詞回しを字映し、当時のゆったりとした動作が緩慢に感じないよう、生演奏によって”情”という 間 をつくる、など多くの特長を持たせている。そこには古典芸能を現代でも観やすく、さらには面白くする創意が施されており感心した。

    それにしても、江戸時代は庶民の娯楽であったものが、今では学問...本公演でも様式、丹誠というイメージがピッタリする。時を経て”伝統”的になっても、観られなければ廃れる。その意味で、この公演のような伝統を大切にしつつも新しい試みを続けてほしい。

    次回公演を楽しみにしております。

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    2015/11/03 23:44

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