幻想時代劇 『阿弖流為-ATERUI-』 公演情報 東方守護-EAST GUARDIAN-「幻想時代劇 『阿弖流為-ATERUI-』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    阿弖流為

     一般的に自分は英雄が嫌いである。Baudelaireではないが、英雄とは、自らの精神を大衆的次元に引き下げた者に過ぎないという彼の定義に賛同するからである。
     だが、何事にも例外はあるというではないか? 

    ネタバレBOX


    その例外のうち、阿弖流為は自分の最も好きなアイヌの英雄であるが、その武勇の誉れ、知略に富んだ闘いぶり、語り伝えられた謀殺による最後など、何をとっても悲劇の英雄の名に相応しい。その悲劇の英雄をピュアな形で頗る美しく舞台化して見せた東方守護の手並みに拍手を送りたい。
    劇中何度も神子(みこ)という呼称が出てくるが、そう呼ばれるに値する高潔、優しさ、知、強さ、純粋性を持ったキャラクターである。と同時に唐から渡って来て坂上 田村麻呂に取り立てられることで不遇から脱した陰陽師のエボシのスパイという役目、即ち仕事として果たすべき役割と人として持つべき心に、魂を引き裂かれる有り様が哀れである。
    By theway,振り返ってみれば、ネイティブアメリカンの自然観とアイヌの自然観は実に良く似ている。共に自然を友とし、自然の懐深く入り込んで生活していた彼らの人生観は、現代のエコロジーを遥か昔に先取りしていた。風や星、森や川の性質を良く知り、地の利にも長けた彼らは、シャモや命を救ってやった白人に母なる大地を奪われ、殺され、凌辱されて来た。居留地のネイティブアメリカンの悲惨な生活は、良いインディアンとは、死んだインディアンだと嘯く下司白人共、パレスチナ人をそう呼ぶ、イスラエルのシオニストの論理にそっくりなのも、我らシャモの末裔は意識しておくべきことだろう。
    残念乍ら既に純粋なアイヌは滅びたが、それでも何度も多くの心あるシャモの末裔によってこの英雄が描かれ、語り継がれるのは、アメリカの阿保なWASPや、F1人災のようなケアレス重大事故を起こしてさえ、唯、湯を沸かす為に、地球上の全生命を危機に晒すという言語道断の決定を下す唾棄すべき下司共が今も為政者として、この植民地に君臨するからである。
    従って阿弖流為とは、今後もシャモが汚さ、狡さ、差別者という非人間性を発揮するなら、その事実を映す鏡として、生まれ変わっては羽ばたいて欲しい不死鳥の如き英雄である。自分が阿弖流為好きで下司なシャモ嫌いなのは、以上の理由によるのかも知れない。無論、アイヌに対する差別意識は、沖縄に対する差別意識と同根であり、裕仁はこの差別に則って沖縄を見捨てていたのだという事実を重く受け止めねばならない。こういった事実を受け入れることが出来ないとすれば、其の時こそ、我らはシャモの末裔の一人として心底己を恥じる必要があるのである。
    今作で阿弖流為の最後は、寄ってたかって襲い掛かるシャモに血祭りに挙げられる訳だが、彼の死に臨んで天井から羽毛が舞い落ちるのは、無論、偶然ではない。シャモは寄ってたかって崇高な神を殺したのである。

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    2015/08/14 03:06

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