アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術『From the Sea』 公演情報 フェスティバル/トーキョー実行委員会「アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術『From the Sea』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    ここ数年で最も刺激的な観劇体験(11.10追記)
    ここ数年で最も実り豊かな観劇体験。

    演劇の新たな可能性というものをとても感じられた。

    いち観客としてもかなり面白かったが、
    それ以上に作り手として非常に刺激を受けた。

    ネタバレBOX

    役者と観客が一対一で巡るツアー演劇。
    Port B やリミニ・プロトコル、長島確らの試みに通じ、
    ポストドラマ演劇の中の「劇場から社会へ、虚構から現実へ」という流れの中から生まれてきた作品のひとつだろう。
    そういう意味では、殊更度胆を抜かされるコンセプトではない。

    だが、同じようにツアーパフォーマンスを行い、土地の記憶の問題などをテーマにするPort B とソ・ヒョンソク演出『From The Sea』では、微妙な違いがある。
    <私は、Port B の作品を初めて体験した時(『東京/オリンピック』(2007))も、強烈な印象を持ったので、どちらが良い悪いということではない>
    その違いが非常に刺激的だった。

    Port B は徹底して世界に直接的には介入しない。まるで「人は世界に介入などできないのだ」と問いかけられているかのように。観客と世界との間には、常に一枚のガラスのような仕切りが存在し、観客は世界を対象化しながら、その世界と自分との距離について考える。

    それに対して、『From The Sea』では、役者が観客の手をとる。また、そこで会話も生じる。そのことによって、私と世界との間に直接的な関わりができる。ここから生まれる可能性に圧倒されたのだ。

    と言っても、過剰に介入することはなく、むしろ観客はその直接性をひとつの契機としつつ、再度自身の中で内省することで作品を完成させる。そういう意味では、最終的には似た作風とも言えるのだが。このちょっとした違いが、劇体験を決定的に違うものにしている。

    私は、この作品内部で語られていたテキストも、詩的イメージを喚起されて素晴らしいと思ったし、思想的広がりをもった素晴らしい内容だと思った。忘却について。喪失について。
    だが、そのような素晴らしいテキストも、直接体験から受けるものに比べれば、それほどの影響力を持っていない。直接体験は、言語的意味など軽々と超える印象を与える。(逆を言えば、だからこそ、直接体験に安易に引っ張られないように、Port Bは直接性を避けているのだろう。それはそれで筋が通っている。どちらが良いという話ではない。)

    共にツアーを回る相手との肌の接触。私の相手は女性だったため、尚更、ある種の疑似恋愛的な体験ともなったが、これは相手が男性であってもまた別の広がりをもった人間同士の交流の意味あいが付加されただろう。
    また、私個人に向かって役者から問いかけられる言葉に対して、自分がとっさに答えた言葉の意味。その意味を、何度もツアー中に反芻していた。演出家が用意したテキストにこれらの体験が肉付けされるのではなく、観劇体験そのものに演出家のテキストが彩りを与える。演出家の言葉よりも、私自身の体験の方が主体なのだ。

    例えば、 役者「子供の頃におもちゃなどを失った記憶はありますか?」
         私 「・・・」
         役者「あまり遊具では遊ばなかった感じですか?
            自然の中で遊ぶみたいな?」
         私 「そうなんですよね、、、
            自然が遊び道具みたいな。
            あっ、でも、失うって意味では、父親を失いました。」
         役者「・・・」

    別の場面、役者「忘れたいことはありますか?」
         私 「誰かを自分の言動で傷つけてしまった記憶ですね」
         役者「・・・」

    別の場面、役者「人を失って、喪失感をあじわったことはありますか?」
         私 「恩師が亡くなったことです。」
         役者「もう少し教えてくれませんが?」
         私 「自殺だったんです。同じ仕事をしている人でした。」
         役者「・・・」
         私 「恋人のこととか話した方がよかったですかね(笑)」
         役者「いえいえ、そんなこと、、、、」

    ここで私が答えたことの意味を、ずっとツアーを回りながら考えていた。
    また、言葉にしようとして、言葉にしなかったことも含めて。

    大切な人について聞かれた時、恋人のいない私は、結局、家族の顔や数名の友人の顔を思い浮かべた。私にとって大切な人なんて、ほんとそんなものなんだな、、、、。熱烈に愛してやまない相手はいない。それもひとつの喪失感かもしれない。でも、たとえ恋人がいても、同じなんじゃないかなとも思う、、、。

    作者の問いかけは、冒頭に「災害とその記憶の忘却」ということが語られていたこともあり、3.11や歴史的な問題の忘却と、個人の記憶の忘却の問題などを重ねているのだと思う。
    だが、そのような大きなものよりも、やはり私個人の微細な記憶にすべての神経は向かう。すると、月並みだが、大切な他者という問題が起ちあがる。
    と、同時に、目隠しをされ、足を踏み出すのにさえ躊躇していた私の歩行を助けてくれた隣にいる人(役者)の存在に気付く。最初はおっかなびっくり歩いていたが、最後の方には、何の恐怖心もなく普通の速度で歩けるようになっていた。それは隣にいる相手への信頼からくるもの。手は固く握られている。相手の体温を感じる。私の場合、相手が女性だったため、ある恋愛感情にも似たようなものも生じたが、おそらく男性であっても、同じように感じたのだと思う。つまり、性の問題ではなく、ある人と人との触れ合いのことが問題なのだ。

    そう考えると、翻って、震災のこと、歴史のこと、土地の記憶(公演の行われた立会川は、一説によると「鈴ヶ森刑場へ送られる罪人を、その親族や関係者が最後に見送る(立ち会う)場所であることから「立会川」となった」(ウィキペディアより)という。また、この地域は海を埋めてできた土地。土地が海を失ってしまったのか、海を失って土地になったのか。)などの作者の問いかけとこの私個人の小さな旅とが繋がっているということに気付く。

    結局は、私自身の旅の途中でこの作品の作者と出会い、共に歩き、また自分の人生を続けていくということなのだろう。
    そんなことを意識化させられるなんて、凄い作品だと思う。


    <追記1>
    ラストシーンで目の覆いを外されて見えてきた海、そこに走るモノレール。ここまでは作者が仕込んだことだと思うが、そこに偶然、魚が跳ねた。しかも何度も、直線を描きながら。そんな偶然も、ある奇跡的な瞬間に立ち会っているかのような想いにさせられた。
    それはラストシーンに限らず、街で見かける景色や、そこを行き交う人々。ガラスに映った街の景色など。あらゆる現実の要素が、ゴーグルによってフレーミングされ、時に闇に覆われ、時に光を得るという演出によって、新鮮に起ち現れる。今まで当たり前に思っていた日常の時間が、実は極めて得難い瞬間の連続であると知る。そういえば、「10分を何年にも感じる方法は、細部の瞬間への感覚を研ぎ澄ますこと」というような主旨のテキストも語られていた。あらためて、日々の日常の細部について考えさせられた。

    <追記2(11.10)>
    「人を失って、喪失感をあじわったことはありますか?」という俳優の質問に、私は「恩師」と答えたと最初の感想で書いたが、実はそれを答えるまでにはかなりの時間を要した。
    正直に言えば、絞り出して答えたというに尽きる。
    恩師の死は同業者(作家・表現者)としての喪失感であって、彼個人の死を悼んでの喪失感ではない。
    私は家族を失った時でも、友人を失った時でも、恋人と別れた時でも、自分の実存が損なわれる程の喪失感を味わったことはない。
    私は葬式などが嫌いなのだが、葬式に行くと「心から悲しい訳でもないのに、皆が悲しいフリをして湿っぽさを演じている」と思ってしまうのだ。
    どうせ家に帰れば、すぐにテレビを付けて、バラエティ番組を見て爆笑するのだろうと。そういう人を軽蔑している訳ではなく、私自身がそういう人間だからそう思うのだ。他人の痛みなど真には我がこととして考えることはできない。
    と言っても、さすがに、私も祖父の死に際しては涙を流したが、それは喪失感ということではなかった。
    本当の喪失感には、むしろ感情や涙は伴わないのではないか。
    なんとなく空虚であるとい感じなのでは。
    そういう意味なら、自覚もなく様々な喪失感を日々味わっているような気がする。
    だが、それに明確な「言葉」「意味」が与えられた瞬間に、
    それは喪失感ではなく、ある種の「感傷」にすり替わってしまう。
    喪失感は他者のものだが、感傷は自己のものだ。
    他者を失ったということさえも、自己の所有物にはしたくない。
    それが喪失についてこの公演を通して、改めて考えたこと。

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    2014/11/05 00:18

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