期待度♪♪♪♪♪
1957年
というと、まだ戦後の闇は色濃く残っていた。大学生は、ホントに大学生らしく大人の顔をしていたし、駄菓子屋に行く駄賃に貰う10円が、拾円札であることが稀にあった。(普段は、10円なんて貰えない。10円くれるのは、お客さんや、自分の家に寄宿していた叔父くらいなものだった。通常は半額の5円である)そんな札が通じるのかどうかという不安や、古臭い因習を持ち歩いているような気恥かしい思いをしたことを覚えている。今で言えば、幼稚園児位の年齢であった。
無論、日本経済に弾みがついたのは、38度線を境にした戦争の特需景気からだから、最悪の時期は脱していて、庶民の生活も少しづつ上向き始めてはいたが。そのほんの2~3年前迄、まともな生業で生計を立てている人間に余裕はなかったのも事実。従って、描かれる時代は、戦後日本の庶民経済の黎明期に当たると考える。何れにせよ、再び、右傾化が始まっていた時代でもある。年初には、岸 信介が、前任の石橋 湛山の病を理由に首相代理に指名され、2月25日には、岸内閣が成立している。だが、まだ左翼的勢力も健在であったから、今よりはマシであったのも事実だ。ジラード事件を日本側が審理することも5月には、発表されている。一方、戦後公害の代表ともいえる奇病多発が熊本県水俣で問題化、工場排水との因果関係が問題化されていたのは、前年の1956年であった。