親愛なる我が総統【ご来場ありがとうございました!次回は4月!】 公演情報 劇団チョコレートケーキ「親愛なる我が総統【ご来場ありがとうございました!次回は4月!】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    私は人間だ…
    「熱狂」「あの記憶の記録」とともにナチス関連作品三部作をなすという本作品は、
    逮捕の後ポーランド政府に引き渡されたアウシュビッツ強制収容所の初代所長
    ルドルフ・フェルナント・へースが絞首刑に処せられるまでの日々を描いている。
    へースを演じる浅井伸治さんの台詞が素晴らしい。
    淡々としていながら、ただ真面目に“仕事”をして来た平凡な男がそこに居て
    この世に悪魔などいない、“悪魔の所業”は全て人によるものであるという
    明確なメッセージを全身から発信している。
    過ちを繰り返す愚かな人間全てに向けたメッセージである。
    緊張感あふれる“間”が素晴らしい。

    ネタバレBOX

    舞台中央一段高くなったところに四角い机、上手の高い位置に
    格子のはまった小さい窓があって光が差し込んでいる。
    ここが独房のような部屋である事がわかる。

    逮捕されたへースは、ここポーランドで裁判にかけられる予定だが
    この1年近く彼に聞き取りを行ってきた2人のうち
    シマノフスキ(岡本篤)はもうこの職務にうんざりしている。
    早く死刑にしてしまえばいいのだと、憎しみを露わにする彼を
    上司であるノヴァク(谷仲恵輔)はたしなめる。
    精神科医のバタヴィア(西尾友樹)もまた、へースの裁判を前に
    彼の精神状態を確かめるため参加する。
    残酷な所業を平然と行って来たへースは悪魔なのか人間なのか、
    それは3人だけでなく、へース自身も答えを求めていたことだった…。

    激しい怒りと憎しみを露わにするシマノフスキに対して冷静なノヴァク。
    先入観なくフラットに接しようとする精神科医バタヴィア。
    三者三様のアプローチによって次第にへースの人格が浮び上る構成が秀逸。
    それはごく普通の父親であり、職務に忠実な真面目な男であった。

    その三者の変化がまた面白い。
    冷静に見えたノヴァクが、実は「死んだ者が戻るわけではないし、どうでもいい」という
    虚無感にとらわれて日和見的な去就をするのを目の当たりにして
    憎しみの塊だったシマノフスキの方が、へースの心に歩み寄って行く。
    終盤、精神科医バタヴィアの言葉に突然激高し、その後混乱を極めるへースは
    そこに至って初めて“人間として死ぬ”という望みが叶う。
    終始淡々と己の職務を語ってきたへースが、死を前にして
    爆発するように怖れおののく様には、人の弱さを見せつけながら
    鬼気迫るものがあった。

    「ハイル ヒトラー」と小さくつぶやく台詞で始まった舞台は
    その唯一の拠りどころを否定しようとして
    「私は人間だ」というのたうちまわるような現実を受け入れて終わる。
    何と過酷な現実だろう。

    観客の知りたい事を聞いてくれるバタヴィアの質問が心地よく、
    納得しながら進む。
    80分というコンパクトな長さも緊張感を保つのに相応しく
    無駄のない演出と効果的な照明が素晴らしい。

    へース自身が「手記を残したい」というその理由が全てを物語っている。
    「お前なんか人間ではない」と罵るシマノフスキに向かって
    「私もあなたと同じ人間だ」と言い、人間誰もがこの過ちを犯す可能性がある、
    だから後世に伝えたいというのである。
    生きている人間には自分たちの過ちを伝える義務がある。
    それを忘れた途端、人はまた同じ道を辿るだろう。
    そのはるか先頭に、ヒトラーの影が小さく見える。


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    2014/09/13 05:22

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