ぬけがら 公演情報 劇団B級遊撃隊「ぬけがら」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    若返る父とともに戦後の日本を振り返る
     岸田國士戯曲賞を受賞した9年前の初演は、文学座の松本裕子さんが演出されていました。今回は作者である佃典彦さんが初めて演出されます。

     しっかり建て込まれた具象の美術に嬉しくなりました。主人公卓也の年齢から考えると、築40年以上の集合住宅の一戸でしょうか。下手面側に玄関のドア。ドアを開けて家に入ると下手上部には父の部屋があり、手前にベッド、奥に仏壇があります。父の部屋のすぐ右、舞台の中央上部の奥にはトイレのドアがあり、その右側には洗濯機。続いて上手袖までは台所です。トイレから2段ほど降りて、舞台下部中央から下手は廊下。上手面側にかけては居間があり、その真ん中に丸いちゃぶ台。居間の上手奥には大きめの冷蔵庫があり、上手端はベランダへと続く引き戸になっています。

     ぎっしり満員の客席で、どんどこと笑いが起こりました。劇団や出演者のファンも多かったようですが、私も大いに笑わせていただきました。笑い声に交じって鼻をすする音も聞こえていたんです。登場人物の置かれている状況は悲惨で、笑ってる場合じゃないんだけど、それでも人間は笑うんですよね。3.11の大震災の時も私は怒って泣いて笑っていたし、きっと戦時下の日本人もそうだったのだろうと想像しました。同じものを観て笑う人もいれば、泣く人もいる。演劇作品に大切なことだと思います。

     『ぬけがら』を観るのは横浜未来演劇人シアターでの上演(演出:寺十悟)、文学座での再演に続いて3度目でした。佃版はアットホームでべたっとした温かい雰囲気があり、ごく普通の家族の、身近な話だと感じられました(たとえあり得ない事件が起こるとしても)。登場人物はどうしようもなく情けなくて、滑稽で、でも可愛げがあります。俳優の個性を生かし、会話のとぼけた間(ま)に独特の味わいがありました。名古屋を拠点に活動してきた演劇人が集結し、その土地ならではの空気が生み出されていたのではないかと思います。

     暗転中に懐かしい音楽やニュースの声が流れ、私が聞き覚えがあるのは30年前まででした。それより昔になると大河ドラマのようなフィクション性を帯びていき、自分の記憶の限界に気づきました。約10年前の戯曲なので、携帯電話は出てくるけれどスマホもタブレットも出てきません。でも、これからも色んな世代の観客に幅広く通用する戯曲であり、演出だと思いました。

     大きくてきれいな劇場ですが、整理番号順でもない全席自由席でした。劇場入り口に長い列が出来ていて、入場するまでにかなり並ぶことになりました。できれば指定席にして欲しかったです。

    ネタバレBOX

     岸田賞の講評にもあるとおり、舞台上で「人間が脱皮する」というアイデアが秀逸です。1人のはずの人間が年齢ごとに複数人、同時に舞台に存在するのは、演劇ならではの効果があります。

     母の葬儀が終わって49日を迎えるまでのお話で、家には80代のほぼボケた父と一人息子の卓也が残されています。卓也は勤務中に交通事故を起こして郵便局員の仕事を失い、同時に浮気もばれて妻に離婚届けを突きつけられてしまいました。男2人所帯のわびしさが漂う中、突然トイレで父が脱皮して、60代、50代、40代と徐々に若返っていき、卓也は全く知らなかった父の人生に出合い直していきます。戦争から命からがら生き延びて、平成になって死んだ父の人生は、日本の戦後史そのもの。観客にとっては、日本人が生きてきた昭和を知り直す旅になりました。

     30代、40代の父は遊び呆けていて、敗戦後に「総無責任化」していく日本人をあらわしているようでした。50代で胃潰瘍の手術をし、60代では喫茶店に通うのが日課になっていました。そして80代で認知症に。20代の父が一番の好青年でしたね。年代ごとに違う俳優が演じるので当然といえば当然ですが、父は10年ごとに別人のように変わっていきます。きっと誰もがそうなのでしょうね。人間は変わるのだと肝に銘じようと思いました。

     大鍋に入った冷や麦を食べる場面では歴代の父が勢ぞろい。元気はつらつの若い父から老いてボケた父まで、そして卓也も含む男たち全員の腹を満たしてやる母の姿は、昭和の日本を支えた主婦の象徴にも見えました。卓也の妻はモダンダンスの振付家で、浮気相手の女性はシングルマザーの派遣社員です。現代の働く女性の姿も描き、女性像、母親像、家族像の変化が鮮やかに示されました。

     卓也が離婚届で折る紙飛行機は、父が戦時中に乗っていた飛行機のイメージとつながり、飛行機の車輪故障で胴体着陸をした父が、母と偶然出会って恋に落ちるエピソードへと行きつきます。卓也は、突然思い立ったように、「墜落男」という映画を撮り始めました。「墜落男」というタイトルは、飛行機で死にかけた父と、平凡で幸福な人生から転落した自分を重ねているのでしょう。父たちが舞台を降り、劇場後方に向かって客席通路を歩いて成仏していくのを撮影する姿から、卓也が映画部だった大学時代の気持ちを取り戻し、再生への一歩を踏み出したのがわかりました。

     そして冒頭の場面に戻ります。卓也は映画「ロッキー」の真似をしてランニングをして、生卵5つと牛乳を飲み、離婚届けに判を押して、妻に渡します。が、すぐに復縁を願って婚姻届けも出してみるのです。母から安定が一番と教えられ、それに従ってきた卓也にあるまじき行動です。大勢の父と会ったことで変わったんですね。妻はもちろん承諾しませんが、嬉しそうに微笑んでいました。

     黄緑や薄い青など、幽霊が出そうな感じの照明の色味が良かったです。ハワイアンのダンスシーンは舞台全体が黄色に染まり、踊る人々は幸せそうだけど悪夢のようにも見えました。明るい音調なのに切なく響くハワイアン・ミュージックは、人生をかえりみるのにぴったり。そんな中で、お鈴をチーンと鳴らすのは滑稽でほろ苦かったです。ウワンウワンと響くセミの声は、終戦間際の8月を想像させました。
     
     主人公卓也役の平塚直隆さんが、絶妙のとぼけた間(ま)で何度も笑わせてくれました。生卵5つと牛乳を2度も飲むなんて、本当にお疲れさまです。20代の父と見つめ合う場面は、日本人がいかに変わったのかがよくわかって可笑しかったです。

    0

    2014/06/16 01:08

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大