KUDAN  ~この地球(ほし)の汚れた片隅で生まれた命~☆無事終演致しました。ご来場ありがとうございました!☆ 公演情報 TOKYOハンバーグ「KUDAN  ~この地球(ほし)の汚れた片隅で生まれた命~☆無事終演致しました。ご来場ありがとうございました!☆」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    何のために“くだん”は生まれた?
     原発事故で被曝した牛から人間の子供が生まれるという着想は秀逸。ただ、せっかくのそのアイデアを生かしきれていないのがなんとも残念。。
     牛たちが幕間に踊る暗黒舞踏めいた妖しいダンスには魅せられた。

    ネタバレBOX

     被曝を理由に殺処分されそうになっていたところを、牧場主の厚意によって解放され、森へ逃げた牛たち。その中の一頭、脱走前から身ごもっていた牝牛が何の因果か“人の子”を生み落とすのが「KUDAN」というタイトルの由来。
     漢字で「件」と書き、半分「人」で半分「牛」のその妖怪は説明書きにもある通り予言者的性格を持つ神秘的な存在として日本各地で古来より知られているらしく、本作でもその超常的能力を発揮して大活躍するのかと思いきや、これがほとんど活躍しない。
     これが先に「アイデアを生かしきれていない」と書いた理由である。
     マリアと命名されたその件(くだん)は光藤依里というメチャ可愛い女優さんが演じており、その人目を惹く容姿にもかかわらず影が薄いのは、多くの観客の期待に背いて超常性をほとんど発揮しないからに他ならない。
     殺処分を敢行するため逃亡先の森にまでやって来た白い防護服姿の人間たちにテレパシーで「森に入るな」「牛を殺すな」などと伝えることから、どうやらマリアは牛たちの味方らしいのだが、予知能力を生かして仲間を助けるといったことはせず、けっきょく牛たちは人間どもに追いつめられてガスで殺され、唯一生き残ったマリアは「私は、なぜ、生まれた?」と自問。そこで劇は終幕し、マリアは仲間たちの屍に囲まれてただその場に立ち尽くす。
     生命の源を表す「マリア」という名を与えられながら仲間たちを死ぬ運命から救い出すこともできないというこの結末は、件(くだん)の妖力をもってしてもどうにも出来ない人間どものただならぬ利己性を描いていると受け取けとることもでき、だとするならば本作は強烈な諷刺劇だと言えるが、「何の因果」で件(くだん)なる存在が生まれてきたのか、その説明は欲しかった。
     

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    2013/12/18 21:52

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  • 件は厄災を予言するために現れるというのが一般的ですが東北震災の後にマリアが生まれるというのは、牛達にとっての厄災なのか、或いは人間に更なる厄災が降りかかるのか、ラストに現れたマリアは人間がどちらの未来を選択するか見極めるために現れたような気がします。

    2013/12/20 22:29

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