五反田の朝焼け 公演情報 五反田団「五反田の朝焼け」の観てきた!クチコミとコメント

  • ゆる~い風刺ユーモア
    今年5月に上演された前田司郎作・演出の『いやむしろわすれて草』が素晴らしかったので、五反田団としての公演も観たいと思い劇場へ向かった。

    説明文などから、ゆるくすることが、生真面目になることや熱くなることへの批評になっている舞台なのだろうということは予想はできたが、そこにある批評性もゆるい。
    今の世相を斜に見て、ちょっとした風刺をまぶして笑わせるというだけ。

    それが社会を見る視点であると共に、「真面目に社会と向き合わなければならない」「熱くなければならない」とする表現の在り方をも相対化するものでもあるということなのだろうが、、、、
    私には、単にスカしているだけにしか見えなかった。

    こういうのが今は流行るのかなという感じ。
    私にはゆるすぎて、まったく笑えなかった。

    五反田団ならびに、前田司郎氏に関して詳しく知らないのだが、
    『いやむしろわすれて草』のような真面目な作風と、
    今作のような極めてゆるい作風と、両面あるのだろうか?
    今作のようなスカした作風の方の芝居はもう見たくない。

    ネタバレBOX

    真面目な人ほど正義を振りかざし、その正義がまた別の暴力となる。
    その正義に熱狂する者が集団となる。

    物語には、震災復興のために鶴を折り、被災地に送り続けるボランティア集団:絆の会と、
    7年後の東京でオリンピックのために、「お・も・て・な・し」の心を育もうとするNPO?集団:おもてなしの会 などが出てくる。

    復興のためといいながら、役にもたたないようなものを送り続け、絆ごっこをしている団体に潜む偽善性を突き、東京オリンピック開催で根拠もなく盛り上がる団体のアホらしさを突くなど、偽善にまみれた世相を皮肉っていること自体には共感するものの、いかんせんゆるい。

    ゆるすぎて笑えないという部分も大きいが、
    同時に、そういう皮肉や批評をゆるくやることによって、
    世相を単に高みから冷笑しているだけのようにも見えてしまい、
    なおさら笑えなかった。

    声高に批判などをすることの危うさを回避するには、こういうゆるさしかないのかもしれないが、それで高みから冷笑してしまっては、それもまた別の暴力になってしまう。

    人を皮肉ったり、批判などをする場合、その刃は常に自分にも向かってくる。
    その怖さを自覚しながら行われるブラックユーモアならば素晴らしいと思うが、ゆるくすることで、自分へ向けられる刃をも包み隠しているように見えて、素直には笑えなかった。

    0

    2013/09/27 00:22

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大