久保栄を読む!『火山灰地』第一部・第二部 公演情報 日本の近代戯曲研修セミナーin東京「久保栄を読む!『火山灰地』第一部・第二部」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    リーディング&シンポジウム
     拝見したのは、日本演出者協会主催の近代戯曲研修セミナーin東京「火山灰地」第二部のリーディング公演である。本来、この戯曲は、一部、二部で7時間以上に及ぶ大作だが、今回は、各々、2時間15分程に削っての公演である。演出上、残したのは、農民の生活、研究者の論理である。
     因みに、第二部の完成は、1938年、2.26事件の2年後だ。盧溝橋事件の翌年でもある。時代は、急速に右傾化し新劇運動にも体制の圧力が強く掛けられる時代になっていた。左翼は、四分五裂、解体を余儀なくされてゆく。当然のことながら、作品表記に関しても細心の注意が払われなければならなかった。久保 栄は、その為、大切な科白・表現を隋所に散らしたり、治朗“入隊”の表現を避けて、軍部隊の居る地域名、上川を出すだけに留めている。
    (追記2013.9.30)

    ネタバレBOX

     不勉強が祟って久保 栄の文章には、初めて触れたのだが、深く読み込まねばならない作家だろう。現時点で、自分が、言えることは、以下のことだ。

     だが、ラディカリズムの立場から言えば、現在を生きる我々のこれらの批評も総てアリバイ作りである。彼は、同時代に韜晦という手法を採って表現したのだ。この点をはっきりさせておかねばならない。そして、己が、時代の中で久保ほどのことを言えるか言えないかを問わねばなるまい。
     日本の思想が何故、かく迄低くなったかと言えば、根本的には、インテリが命を懸けなかったからである。論理は無限にたてられる。然るにそれを根拠付ける唯一のもの・ことは己の生き様にある。その事をすら理解できない似非インテリがこの国の支配層には圧倒的に多い。最悪の為政者、即ち、権力を持った下司である。彼ら程には厚顔無恥になれない、或いはそれを演じ切れない神経を持つ者の多くが、大学教授などになってアリバイを創る。そして、それだけのことだ。民衆に必要なのは、火のような言葉である。それを発すれば発した者の喉を焼き、舌を焼き、唇を爛れさせる。そのような言葉なのである。今、インテリの誰に、こんな火が、吐けるか? 

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    2013/09/17 04:55

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