て 公演情報 ハイバイ「」の観きた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    まったく何という芝居なんだろう
    おとうさん指とおかあさん指、おにいさん指、おねえさん指、そしてボク。
    アフタートークで岩井さんが語ったように
    5本の指が例えどれほど「こいつの隣はいやだ」と思っても
    どうしようもなくつながって、離れ難い「て」のような存在、それが家族だ。
    「て」を観るのはユースケ・サンタマリア出演のプロデュース公演を含めて3回目だが
    いつも笑いながら泣き、泣きながら笑ってしまう。

    ネタバレBOX

    舞台を挟んで向かい合うように客席が設けられており、
    中央には棺が置かれている。
    喪服のお母さん(岩井秀人)が出て来て前説。
    そしていつものように「では始めます」のひとことで
    おばあちゃん(永井若葉)の葬儀の場面から始まる。

    父(猪俣俊明)と母(岩井秀人)がおばあちゃんと暮らす家に
    久しぶりに子どもたちが集合するが
    父親からの壮絶な暴力を浴びて育った4人の子どもたちは
    顔を合わせれば早くも軋み始める。
    何を言っても無駄だと距離を置いて眺めるだけの長男(平原テツ)、
    父親も許せないが、そんな兄の態度も許せない次男(富川一人)、
    仲の良い家族として少しでも変化が起こればと今回企画した長女(佐久間麻由)、
    ひとり暴力を受けずに育った次女(上田遥)。

    彼らそれぞれの父親に対するこわばったような態度と
    それを受け止めながら間に入る母。
    認知症で孫がわかったりわからなかったりのおばあちゃん。

    傍若無人な父が「リバーサイドホテル」をひとりフルコーラスで熱唱する間
    子どもたちがわいわい話しながらビールを注ぎ合い
    盆か正月のようにごく普通の家族の図が繰り広げられる。
    この“父の好きな歌”をバックにした図が
    過去の壮絶な歴史を忘れさせるほど自然で、観ていて泣けてしまう。
    お母さんは部屋の外で号泣している。
    理想と現実の埋めようのない乖離が浮び上って素晴らしい。

    ここまでのストーリーは二度繰り返される。
    一度目は子どもの視点で、二度目はお母さんの視点で
    同じ台詞、同じ動きなのに微妙に違う。
    役者さんも180度回転して演じるので
    私たちはさっきの場面を反対側からも見ることになる。

    この視点を変えて二度見せる演出が、一つの出来事の二面性を鮮やかに見せて秀逸。
    「ハイバイドア」による空間の切り替えも上手い。
    そして何と言ってもお母さんのキャラが魅力的だ。
    岩井さんの実体験が元になっているこの話の中で、
    「母親を疑似体験したくてこの役をやってみようと思った」という
    もっとも思い入れのある大事なキャラクターである。
    男岩井が演じることで、その母性が際立つから不思議だ。
    強くて時に弱く、でもいつも温かいお母さんだ。

    “渦中の人は必死だが、それを傍から見ると時に滑稽である”という
    冷めた視点がベースにあって、その笑いが随所に光る。
    “笑えない状況”ほど“笑える”という皮肉が、
    葬儀屋やカラオケの場面で効いている。

    平原テツさん、最もひどい暴力を受けた長男の
    父親に対する距離の置き方が徹底していて素晴らしい。
    この長男がブレないので、次男と激しく対立する場面では
    観ていて心拍数が上がるほど緊張する。

    岩井さんのたぶん永遠のテーマで、繰り返し上演される作品だろうと思うが
    何度見てもボロ泣きしてしまう。
    子どもたちの視点で泣き、お母さんの視点で泣く。
    全く何という芝居なんだろうと思う。




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    2013/05/25 03:10

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