テネシーの女たち 公演情報 Theatre Polyphonic「テネシーの女たち」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    secret track
    舞台の上に気高く美しいけものがいた。あるいは天使が。ボリス・ヴィアンは『日々の泡』の序文に、〜この世に必要なのは2つだけ。美しい少女との愛、そして音楽、ニューオーリンズ、デューク・エリントンの。他のものなんて必要ない。なぜなら、醜いのだから〜、と書いている。本作の舞台の上には全部乗っかっていた。もちろん醜いものも含めて。けど、ボリス・ヴィアンも納得でしょ。苦笑するのか、苦虫を噛み潰したようになるのかはわからないけれど。なにしろこれがぼくらの生きる世界だ。しかし、この戯曲たちって70余年前に書かれているわけだが。テネシー・ウィリアムズ、スゴすぎ!もちろん、優れた演出、俳優の存在が人の普遍を生身のものとして実体化したことこそ一番に称賛すべきだけれど。と、次作へ向けてのこじつけ、前奏曲、のつもり。あと、やっぱり2つだけでは足りなくて、世界に必要なもの。ぼくには演劇が必要、間違いなく。そう思わせてくれた、最高に豊潤な作品。

    ネタバレBOX

    劇場に入ると、舞台と客席の間に暗幕が張られており舞台は目隠しされている。舞台中央から客席最後方まで花道が設けられていて、花道には2本の線が描かれている。客電が落ちると、花道後方より夜の青空のようなドレスを着た少女が靴を手に提げ裸足で歩いてくる。暗幕を前に膝をつき、幕に空けられた穴から中をじっと覗き込む少女。暗転。暗幕が落ち「テネシー・ワルツ」が流れると、舞台上には女性たち。少女の視線を追いかけるように、ライトが女性たちを照らしていく。再び暗転。
    演じられたのは、テネシー・ウィリアムズの短編戯曲、「風変わりなロマンス」、「バーサよりよろしく」、「話してくれ、雨のように…」、「ロング・グッドバイ」、「財産没収」の5編。ただし、個別に演じられるのはなく、唯一四場(他の作品はすべて一幕もの)ある「風変わりなロマンス」の一場を冒頭に配し、以後の作品にブリッジ的に挟み込む構成。これはキラメキのヒラメキ!「風変わりなロマンス」の作品内の時間経過を自然な流れとして受け入れられる工夫であると同時に、各作品を平行世界のストーリーとして感じる効果を生んでいる。そして、それまでの4編がアパートメントの一室を舞台にしていたのから一転、「財産没収」は町はずれの鉄道。汽笛がなり、花道奥より本編主人公のウィリー(作品冒頭、世界を覗きこんでいた少女と同一)が賑々しく登場。花道に描かれた2本の線は線路を模していたのだけれど、その上を人形片手にフラフラと懸命に歩くバランス感の表現が見事。そしてバランスを崩して倒れこむ動作の躊躇のなさ。その後もクルクルと表情を変え、少女の持つ多面性を天の川かってくらいにみせつけた。軽快な音楽とともにもと来た線路を帰っていく少女。ゆっくり暗転、終幕の拍手とともに再び「テネシー・ワルツ」が流れる。見事な円環。なお、冒頭の少女は一場の間ずっと、上手側2階のキャットウォーク?で、下界の様子を見守っていた。時に身を乗り出し、時にかがみ込みしながら、表情も様々に。もちろん演出だと思うのだけど、ということは。

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    2013/03/17 20:56

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