演劇集団 砂地 『Disk』 公演情報 演劇集団 砂地「演劇集団 砂地 『Disk』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    私たちはDisk
    舞台が「肉厚」な感じがするのは、役者陣が魅力的だから。
    膨大な記憶を保存しながら生きる、私たちはDiskだ。
    その記憶はなかなか消去されず、しかも時折無意識のうちに上書きされたりする。
    保存した記憶が薄れないということは、かくも人を苛むものか。
    ついには崩壊してしまうまでに・・・。

    ネタバレBOX

    舞台中央に描かれた大きな黒い円、これが男の部屋だ。
    奥にベッド、手前にバスタブ、上手にパソコン、下手にはソファ。
    ソファとバスタブの間にイーゼルが置かれ、白いキャンバスがかかっている。
    客入れの時点からもう、男がひとりこの円の外側を走っている。
    ほとんど30分近く、正確に同じペースで黙々と走る。
    女が一人中央でそれを見守っている。
    男の部屋のずっと奥にの方には自動販売機がある。

    男(田中壮太郎)はイラストレーターでひとり暮らしをしているのだが
    彼には死んだ恋人が視えていて常に会話している。
    ランニングを見守っていた女(藤井咲有里)は、その自殺した恋人だ。
    絵が描けなくなった彼に「そのままで大丈夫」と声をかける。

    男には妹がいて、恋人と別れた彼女が兄の部屋に転がりこんで来る。
    この妹(小瀧万梨子)は男運が悪く、時々死んだ父親と会話する。
    二人の母親は施設にいるらしい。

    この部屋に男の友人(岸田研二)、妹の友人(中村梨那)、
    それに妹の別れた女房持ちの恋人(野々山貴之)らがやって来て
    兄妹二人の感情に波風を立たせるから、二人は互いの人生に強烈なダメ出しをして
    「出て行け!」「家族でしょ!」とつかみ合いの喧嘩をすることになる。

    ──兄も妹も、左肩に赤い大きな痣があるのはなぜか。
      痣は父親の暴力の痕なのか。
      この兄妹は父親の違う異父兄妹なのではないか。

    そんな疑問が湧いて来るのは、何か危機感を感じさせる演出のせいだろうか。
    切羽詰まった、追いつめられた感じが伝わってくる。

    例えば“演技”と言うにはあまりにマジなランニングもそのひとつ。
    開演前から走っていた男の疲労感が観ている私にずっと残る。
    男は「絵を描いている時はいろんなことを忘れられる」と言うが
    一向に描けないものだから“忘れる”ことができない。
    だから走って忘れようとしている。(ように見える)
    何かを念じるように、走ることに集中している。(ように見える)

    また、新たな人物が登場するたびに大きな音と共に
    天井辺りからその人のトランクなど大荷物がどっと降ってくる時の不穏な予感。
    びくっとして緊張が走るのは、観ている私の方かもしれない。
    予告なし、無遠慮な訪問の仕方を絵に描いたような演出だ。

    人前でもすぐ衣服を脱いでバスタブに入る、妹のほとんど攻撃的とも言える無防備ぶり。
    そうすれば誰かが一緒にいてくれると、本能的に知っているかのようだ。
    その結果一緒にいてくれるようになった男とはいつもダメになるが。

    「自分は絵も描けない、何も生み出せない」と絶望する妹に
    「何かを生み出さなくちゃいけないのか?もっとささやかなものでいいんだよ」と言った兄。
    その兄の選択が自分の血で絵を描くことなのか──。

    ラスト、妹がオーストラリアの自動販売機の前で煙草を吸いながら語る。
    時間と共に変化する空の色の美しさ、トラムの高さのある舞台が空を大きく見せて
    繊細な照明に泣きそうになる。

    田中壮太郎さん、結局恋人を放っておいた自分が彼女を死に追いやったのだと
    責め続ける男の繊細さと最期の狂気の行為、二つの振れ幅が素晴らしい。
    恋人の存在に依存しているかのような、ストイックな暮らしぶりの男が良く似合う。
    彼は“忘れられない”のではなく“忘れたくない”のだということが次第に分かって来る。
    それにしても良い走りっぷりだった。

    小瀧万梨子さん、細くしなやかな身体を晒して肉体の雄弁さをいかんなく発揮。
    この人のちょっとハスキーな声には不思議な魅力があって
    台詞の生々しさに紗がかかる感じ。

    藤井咲有里さん、死んだ恋人として男を見守る動きの少ない役はとても難しいと思う。
    終盤大きく動いたのは、「わ・た・し!!」としぼり出すようにくり返した時。
    見て欲しい人に見てもらえないまま孤独のうちに死んだ人の叫びが強烈に響いた。

    「Disk」の4文字が裸の背中に照射される場面が二度あった。
    最初は客席に背を向けた妹の背中に、もう一回は終盤兄の背中に。
    その文字は肩甲骨に沿って幽かにゆらめき、生身の人間が背負った記憶に
    押しつぶされて行く不安を暗示しているようだった。

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    2013/01/25 22:59

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