やわらかいヒビ【ご来場ありがとうございました!!】 公演情報 カムヰヤッセン「やわらかいヒビ【ご来場ありがとうございました!!】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    「1の証明」
    世田谷パブリックシアターが
    “未来を担う若手演劇人の発掘と育成”を目的として企画する
    「シアタートラム ネクスト・ジェネレーション」。
    今年は「カムヰヤッセン」と「演劇集団 砂地」の2団体が選ばれた。

    そのうちのカムヰヤッセン 「やわらかいヒビ」を観る。
    シアタートラムの高さのある空間を活かした舞台の上
    巨大組織の上から下まで、各部署における人々の葛藤と競争、不安と後悔が
    生死を分けるほどの熾烈さで繰り広げられる。
    私たちの生きている社会とは、こんな価値観で回っているのか。
    テクノロジー至上主義の先には、こんな未来が待っているのか。
    暗澹としながらも、示されたひとすじの希望に涙があふれた。

    夫婦の細やかな心情と、社会の大きな流れの両方が自在にリンクする
    北川さんの脚本のスケールは、やはりネクストにふさわしいと思った。

    ネタバレBOX

    舞台から地下へ降りて行く階段が見える。
    斜めに昇って行く二階部分はかなりの高さだ。
    この階層がそのまま、「アカデミー」と呼ばれる巨大研究組織の階層に重なって見える。

    冒頭、このアカデミーを取材する女性新聞記者(陣内ユウコ)が組織の概略を説明する。
    ドクターと呼ばれる常勤研究員とポスドクと呼ばれる非常勤研究員には
    研究予算がひとケタ違うと言われるほどの環境・待遇の差があり、
    ポスドクは誰もがドクターを目指して研究成果を争っている。

    成果も挙げるが強引な進め方で仲間の反感を買っていたドクターの上谷(工藤さや)は
    計画的な追い落としに遭ってアカデミーを去ることになる。
    同時に研究員に支給される薬(飲めば年を取らないと言われる)を入手出来なくなった
    上谷の肉体は急速に衰え始める。
    過酷な研究職を離れて初めて夫婦として向き合うことが出来、
    残された時間を大切に過ごして行こうと話し合う上谷と夫牧(板倉チヒロ)。
    だが、友人の新聞記者柏田(橋本博人)から渡されたファイルによって
    アカデミーの真実を知った牧は、命をかけてある計画を実行する・・・。

    テクノロジーは競争の中からこそ生まれるものであり、また犠牲を伴うのが当然──。
    研究開発のためには研究員の人生も幸福も、果ては生命も犠牲になるのは仕方がない、
    だって開発のためだもの、というアカデミーの体質は現代社会の延長線上にある。
    この近未来が、つるつるした手触りと共に妙にリアルに感じられるのは
    北川さんの創り出す登場人物の設定と、繰り出す台詞の豊かさだ。

    優秀な妻を尊敬し、彼女を支えようとアカデミーの学生寮に就職した夫
    牧を演じる板倉チヒロさんが素晴らしい。
    生まれて来ることができなかった息子とのテンポ良い掛け合い、
    心配かけまいと夫に病状を隠す妻にぶつける情けなさと怒りの入り混じった叫び、
    素朴な言葉のひとつひとつに血が通っていて、観ている私たちは
    彼の言葉に引きずられるように物語の核心へと入り込んでいく。
    ラスト彼の行動に説得力を与え、感情移入が出来るのは板倉チヒロさんの台詞の力だ。

    一体今何歳なのか自分でも分からなくなってしまった
    少年のようなアカデミーの長官タダシ(金沢啓太)。
    そのたたずまいと冷静な台詞は強烈な印象を残す。
    彼の最後の選択に、“生き永らえる”ことと“生きる”ことは違うのだと改めて思う。

    牧と上谷夫妻の、生まれて来ることが出来なかった子慧吉(辻貴大)の存在が面白い。
    時々現われる、牧にしか視えないこの優しい子どもは快活な青年になっていて
    妻を支えようとして思うように出来ない自分を責める父親を温かく見守っている。
    最後、死んだ母に寄り添って自らも死を覚悟した父に向って叫ぶシーンは圧巻だ。
    BGMの音量に負けないその声の力強さは、この舞台のテーマを語るにふさわしい。

    ──将来のことばかり心配して僕たちは不安になる
      不安でしょうがないから人を傷つけ、自分を損なうような生き方をする
      でも先のことより、今ちゃんと生きることの方がずっと大事じゃないのか

    北川さんの脚本にはいつもピュアでストレートなメッセージを感じる。
    それは自然な人間性を損なうものに対する素朴な疑問や反発、怒りだ。
    私たちは誰ひとり完璧ではなく、皆“やわらかいヒビ”を持って生きている。
    もし堅いヒビであったなら、私たちは簡単に壊れて二度と再生出来ないだろう。
    やわらかいこのヒビを、私たちは大事にかばいながら歩いて行く。
    その道に“人工的なブラックホール”の研究など要らない。
    ただ大切な誰かと並んで歩いて行きたいと思うだけだ。

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    2013/01/20 17:37

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