寂しさと恋は裏表だねっ!
高校行ってない低教養低脳猿のワタクシには、正直いままでどう捉えれば楽しめるのかわかってなくて、「新しい演劇してるよね〜そう、そこだよね、そこが新しiyyneeeexe@X%&#∞;;;;;」等と濁しまくって知ったかぶりをしてたけど、しぶとく見続けることで今回初めて心から【めちゃおもろかた------!!!!!!】と叫べるようになりました。
超個人的見方だけど(まだ謎にびくついてる)、あの不自然にポージングされた演技、身体と感情のパラメーターのちぐはぐさが、そのまま寂しさに直結しているように感じた。
その演技スタイルにより、存在も行動も声も言葉もどこにもはまることが無く、全てが漂ってしまう。
何にも触れることができない。くっつくことができない。自分にも他者にも触れられない、くっつけない。
だから、役者の演じている(生きている)姿そのままに寂しさを孕んでいて、空間全体にそれが広がり、だけどその中でみんなが愛し合おうと必至にもがく、とても切ないやり取りが、それでも最後の最後に至るまでずーっと漂っている、ああ、ああ、、、、、、
風景、特に横長の劇場だから、風景としてとても見やすい、寂風景な舞台でした。そう、風景として見ると僕にはいいんだなあ。
スケッチしたい。
ただ、単にポージングがかわいい。かわいい。女教師かわいい。ギターかわいい。
でもなにげに仏教的世界観だなーとついおもってしまう。
15分遅れで入って申し訳有りませんでした。