明日を落としても 公演情報 ピンク地底人「明日を落としても」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    「作り物の音」に囲まれた「作り物の物語」
    「虚構」と「虚構」、「虚構」と「現実」、「現実」と「現実」の境目が曖昧になっていく世界を見せていく。

    ネタバレBOX

    最初は、「京都の劇団」「ピンク地底人」(京都の地下に潜む貧しい三兄弟。日々の孤独を紛らわせるため、人間のふりをして、演劇活動を行っている、なんて書いてあるし)という劇団名から「コメディなんでしょ?」って思っていたのだが、まったく違っていた。
    すみません。


    劇場に入ると天井まで斜めに立ててあるパイプに蛍光灯。
    パイプが工事現場の足場のような無機質感。
    それをぐるりと囲むように配置された、スタンド付きマイク。

    このマイクに劇団員たちが交互に立ち、街の喧噪やエレベータの効果音などを、丁寧に再現していく。
    雨降りのときのデパートで流す曲とか、エレベータの細かい音とか、街中でのちょっとした人々の営みとか、そんな細かいニュアンスに溢れ、それがいい味になっていた。

    物語は、母と息子の話。

    人気女優である母は、テレビのドキュメンタリーの取材を受ける。
    いわゆる密着取材ということで、女優の家にも行き、撮影をする。
    女優は、実は自分の息子は引きこもっているので、それだけには触れないでほしいと撮影スタッフにお願いする。

    徐々に彼女の生活が淡々と描かれていくのだが、実は、ある一瞬で、彼女と息子を巡る話が、遡っていることに観客は気づく。
    音楽もよく聴いてみると、逆回転している(歌の部分だけかも)。

    遡っていくごとに切なくなる物語となる。

    あれだけの人に囲まれても孤独な女優な印象。

    彼女は息子を失ったということがわかるのだが、それは最初は事故だったのか、と思わせて、実はさらにそれ以前に失っていたということが明らかになっていく。
    彼女は、街で見かけた、息子を捜す女性に、自分を重ねてしまったのだ。

    街中の「音」が本当の音ではなく、「作り物」であることを演出して、さらに「女優」が主人公であり、その彼女が演じる「舞台」の物語も、彼女自身のも物語も「虚構」(妄想)であるという構造が面白い。
    女優が演じる舞台のストーリーとの境目がなくなっていったり、彼女が自分を重ねてしまった女性との、虚構の境目が消えていくというあたりもとても面白い。
    ラストまで、微妙な位置関係にあった、撮影スタッフのカメラマンというのも、この「虚構感」を与えてくれる。
    さらに彼女に「認知症」の気があるという設定も、この「虚構」にプラスしていく。

    淡々としているのに見せるし、緊張感の持続と、それを外すタイミングがうまい。

    ラストの前に、彼女が延々と舞台の上を走り出す。
    何ごとが起こるのかと思っていると、疲れて歩き出してしまう。
    そして、腰を折る。つまり、さきほどまで遡っていた彼女の半生を一気に巻き戻したシーンだったのだ。このシンプルな演出のうまさには舌を巻いた。

    彼女はあの世で息子と再会する。
    甘すぎるラストかもしれないが、いいラストだと思った。

    役者は、とにかく全員があらゆる役と音を担当し、目まぐるしいものであって、大変だなと思った。やはり、主人公の女優さん役が良かった。誰なのかはわからないけど。あと、主人公がチラシを受け取るときの、息子を捜していた女性も印象に残った。誰なのかはわからないけど。

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    2012/08/24 05:01

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