ラ・マンチャの男 公演情報 東宝「ラ・マンチャの男」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    退屈の先
    役者の表情がオペラグラス使わず見える、ゼイタクな席で観劇っっ!!でも予備知識全く無しで観劇したので、前半1時間は退屈で。この退屈さはとても重要だと思いました。そしてこの退屈さが反転したときに、作品の主題がありありと浮かび上がるなと思いました。松本幸四郎と松たか子の共演は本当に豪華で、それだけでも大満足です。

    ネタバレBOX

    劇中「最も憎むことはありのままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」という台詞が出てくるが、これが主題かな、という実感を持ちました。

    観客が主観的に見ると、寂れたハタゴ(宿)に集まった、食い詰めた男女はどう見てもみすぼらしい姿。それを劇中のドンキホーテは、素晴らしい城と、紳士淑女だと言い、ハタゴで働く女アルドンサを姫だといい続ける。この一貫したギャップに観客は笑うし、戸惑う。何しろずーーーっと、言い続けるのでドンキホーテは本当に頭がおかしいのかなと思う。退屈だ。でも、徐々に世界が反転していく。ドンキホーテの周囲の人達が戦ってないだけで、この世界は見方を変えると素晴らしく映るのかもしれない、と。アルドンサの置かれた境遇や社会的な立場は悲惨だ。そして彼女自身「最大の罪は生まれてきたことだ」と言い放つほど、自己肯定感を損なっている。暴行を受けて、ボロボロの彼女が「私の本当の姿を見て」と迫っても、ドンキホーテは「姫」と言い続ける。誰にも承認されてこなったアルドンサはそこで世界を反転したのではないか。

    その世界の反転は、「21世紀の日本で3次元ではうだつが挙がらない(非正規雇用で異性にモテず自分に自信を持てない)が2次元の世界(ネトゲとか)では神なんだ」みたいな現実逃避ではないと思う。そうではなく、自分の置かれた境遇や立場と、自分自身の尊厳は独立した別々のもので、アルドンサは世界と自分を肯定的に捉えなおしたんだと思う。人間はどんなに過酷な環境や境遇でもそこに希望を見出して生きれば、幸福を追求し続けられる。でもその戦いは、あまりに孤独で、あまりに過酷だ。サンチョも劇中に「ゾウがネズミをかじっても、ネズミがゾウをかじっても、どちらも痛いのはネズミだ。」みたいな台詞があったが、大きなものと闘う個人は勝ち目がない。それでもそんな戦いをし続けるドンキホーテは、何だかとても神々しく見えるのだ。そして観劇していて物語の序盤にドンキホーテに感じていた退屈さは、そのまま自分の生き方へと跳ね返ってきて、自分の人生の退屈さを思い知らされる。ありのままの人生に折り合いとつけてるなぁ、と。

    いつの時代もこの世界は不平等で不完全なものだという指摘は正しいかもしれないが、指摘したあなたはその事実をどう変えるのか?ドンキホーテは、その問いにドンキホーテは1つの答えを示しているなと思う。

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    2012/08/12 09:46

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