コクーン歌舞伎第十三弾 『天日坊』 公演情報 松竹/Bunkamura「コクーン歌舞伎第十三弾 『天日坊』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    見事、平成新歌舞伎の誕生
    いえ、これは、黙阿弥の原作があるそうですから、厳密に言えば、新歌舞伎とは言えないかもしれません。

    江戸時代以降、上演されていないそうで、さすがに、大正14年生まれの、最後の歌舞伎劇評家だった父も、これは観ていません。

    家に、先日まであった黙阿弥全集も処分してしまって…。

    だから、どこからどこまでが、クドカンさんの創作なのか、全く不明ですが、
    野田歌舞伎や、三谷歌舞伎に比べて、この演目は、しっかりと、歌舞伎の基本を押えた、真っ当な純歌舞伎だったと思います。

    36年前に他界した父にも、見せてあげたかった名舞台でした。

    白井さん、真那胡さん、近藤公園さん等、畑の違う役者さん達も好演され、すっかり、歌舞伎役者さんの中に溶け込んでいて、感心しました。

    黙阿弥の原作の良さを活かしながら、脚本も、演出も、現代仕様にしている、手際の良さが、鮮やかな印象でした。

    大詰めの切なさと美しさは、コクーン歌舞伎の初演の「三人吉三」に次ぐ名場面でした。

    歌舞伎ののんべんだらりとした殺陣も、現代調に、スピードがあり、昔からのご贔屓筋には眉をしかめられるかもしれませんが、私は、歌舞伎は、昔も今も庶民の娯楽であってほしいと念じているので、今風に、自然な変換があるのは、肯定したいと思います。

    ネタバレBOX

    誰が、何役かとかを、幕や、看板に書いてあって、観客への配慮があると感心しました。

    以前、平成中村座で、笹野さんがまだ出ていないと、隣の席で、喧々諤々論議が上演中に繰り返され、無名の部屋子さんが笹野さんだと断定したりする観客に遭遇して、歌舞伎以外の役者さん等は、特に、なじみのない老齢の観客には見分けがつかないと感じていたので、これは、名案だと思いました。

    江戸時代の天一坊事件に材を得た、演目。

    天日坊役の勘九郎さんは、誰が親かもわからない孤児で、自分のアイデンティティに悩む内、ひょんなことから、悪事に手を染めてしまう若者の弱さを好演し、現代にも通じる、若者の疎外感や、存在意識の不確かさ等を、クドカンさんの好脚本を生かすように、丁寧に演じて見応えたっぷりでした。

    七之助さんは、伝法な悪女役が、益々板に付き、今後が楽しみな女形振り。

    獅童さん、亀蔵さん、巳之助さん、新悟さんも、普段の歌舞伎演目ではなかなかできない役柄を、楽しんで演じられてる様子で、こちらまで、嬉しくなりました。特に、巳之助さんは、高窓太夫への恋慕の情を、ユーモラスに言う科白がお上手で、ビックリ。これは、お母様の血も影響していそうに思いました。

    三谷さんの書かれた歌舞伎は、私には、なんちゃって歌舞伎のような印象で、期待ハズレでしたが、クドカンさんは、以前、不評だったゾンビ芝居の時も、人物の心情を細やかに活写した脚本が秀逸だと感じました。

    今回は、黙阿弥の下敷きがあるので、尚更、歌舞伎の態を骨組みとしてしっかりと歌舞伎の演目として、一級品に仕上げられたと感服しました。

    天日坊が、何度も、「マジかよ」と、現代若者言葉を連発しても、しっかり歌舞伎の科白に聞えたのは、Wかんくろうさんの功績故と強く思います。

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    2012/06/22 21:51

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