満足度★★★★
リアルと虚構。狂気と正気
実は身近な事件だった。
しかし地元を離れていたこともあって、知ったのは「昆虫美学」を通じてだ。
事件の概要を知った時は眠れなくなった。
同じような恐怖を感じた事件がもう一つある。
日本最悪の獣害事件「三毛別羆事件」だ。
平穏を壊したのは、たった一匹のカマキリ。
或いは羆。
そこに「人間」はいないのだ。
いない、と思いたいのかもしれない。
思わなければ、今生きる現実の「平穏」を保てないのかもしれない。
現実にあった事件をモチーフにしているせいだろうか、
いつもの角角ワールドよりも「整然」としていたと思う。
しかし、その「整然」さがいっそう恐怖と狂気を煽っていた。
リアルすぎるセットの中、虫の巣のようなバスルーム。
リアルすぎる犯罪の中、ペットショップの謎の美女。
リアルの中にファンタジーともいえる虚構を交えることは、
事件の現実性を薄めていたかもしれないが、
理性という箍と恐怖に押しつぶされて見えなかった
「人間の姿」を暴き出していたのではないかとも思う。
「懲罰」に怯えるのも、「洗脳」に呑み込まれるのも、
「自分」が可愛いのも、「誰か」を愛するのも憎むのも、
獣や虫じゃない、生きている「人間」の業だ。
ただのノンフィクションの延長でない、演劇らしい斬新で心身を抉る
アプローチには震えるばかりだった。
人のあらゆる多面性、業をあますことなく演じた役者さん達の
演技は本当に素晴らしかった。
呆然とした無気や諦念、絶望の中、ふと本音がほとばしる瞬間のエネルギーには鳥肌が何度も立った。
特に、長く監禁され最も「洗脳」に溺れていただろう奈々子のそれは、
一際痛々しく切なく、幼い叫びが胸を打った。
賛否が別れるテーマであることは間違いない。
でも私は、「人間」を見せつけてくれたこの舞台に出会えてよかったと思う。