二手目8七飛車成り戦法 公演情報 劇団鋼鉄村松「二手目8七飛車成り戦法」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    「偏執狂」的で、そして「パラノイア」的なボス村松節大爆発
    で、将棋LOVE度が強すぎな舞台。
    過剰、過剰。過剰……。
    台詞だけでなく、演技や舞台装置にまで込められたすぎた「意味」が過剰。

    詰め込みすぎて、気持ち悪くて、面白い。
    やっぱ、いろんなことの端々に、にたにたしてしまう。

    ネタバレBOX

    劇団鋼鉄村松にはボス村松さんとバブルムラマツさんの2人の作家がいて交互に作品を発表しているのだか、今回は、ボスさんのほう。

    ボス村松さんは、「過剰な人」である。
    とにかく台詞が過剰で、どんどん増幅させて、付け足していかないと、気持ちが込められていない、と感じてしまう人なのだろう。
    「この言葉では足りない」「もう少し増量せねば」と、どんどんと。
    しかし、足しつつも、「これでいいのか」と我に返るときが訪れるのではないだろうか。

    それが、「引き」の「台詞」になる。
    つまり、自分で書いておいて、否定したり、疑ってしまう。
    「照れ」かもしれないし、「生まれてきてすみません」的なものと「人に注目されたい」というアンビバレンツな感情が同時に噴出しているのかもしれない。
    それは誰にでもある感情だけど、そこの感情にバカ正直すぎて、気持ち悪いから、気持ちいいのだ。他人事ではない感情でもあるからだ。

    台詞の過剰さには、「言葉」への過信と裏腹に、完全には信じ切れていないところが見え隠れする。言い切ってしまえない、自分へのもどかしさもあるし。

    この過剰台詞についてだって、「彼らは100倍増量にしゃべっている」なんて劇中で言わせているし。わかってるんだろうなあ。「持ち味」とか「スタイル」とかそんなカッコのいいことではなく、「性(さが)」だろうね。たぶん。

    そんな言葉で表したいのは、「コト」とか「感情」だ。
    特に「感情」への筋道は、これでもか、というぐらいに過剰になる傾向にある。
    「コト」に対する想いも、「言葉」で表そうとするから、その自分の言葉にさらに酔って、過剰な思い入れとなっていく。

    それは、例えば、今回の作品であれば「将棋」のことだけに留まらず、出てくるモノ、コトにいちいち反応して、過剰になってしまうようだ。

    これは「偏執狂」的で、そして「パラノイア」的でもあろう。
    1つことに深く突っ込んでいきつつ、妄想が膨らんでしまう。

    だから、どんどん行ってしまう。ルール無用は、未来の将棋ではなく、この舞台の上に展開する。
    公演という決められた時間と人材の枠がなければ、この作品も、暗い四畳半のコタツの上で、まだ書き続けているのではないだろうか。そんな気さえしてくる。

    かといって、深くて暗い穴をのぞき込むというわけでもなく。
    コメディと仕上げてくるところが素晴らしいのだ。
    そして、実は、「将棋愛」の裏には、「人が人と接する」あるいは「人と人が向かい合う」ことへの「畏怖」が込められているのではないだろうか。
    将棋盤をじっと見つめて、自分の顔を映してみたら、そんな世界(宇宙)が見えてしまったのではないのだろうか。ビグザムの背中に。

    コブラは天を指し示すが、実際は、「将棋」に込められた世界(宇宙)が。今そこにある、としているのだはないか。しかも、ピュー太くんの登場を待つまでもなく、それは消えつつあるのかもしれない、と。

    「人が人と接する」こと、だから、それがあのラストに結びついていくわけなのだ。

    と、いう感じの将棋への過剰なLOVEは、将棋ちゃんが、ボスさんに振り向いてくれないから、さらに加速してしまうのだろう。将棋ちゃんへの熱烈なラブコールがこのように歪んでしまって、演劇となったわけだ。

    結果、この作品は、ボス村松さんの仄暗い頭の中を覗いた感覚がしてしまう。
    それは確かに気持ち悪いことではあるが、クリエイターとしては、真っ当で、正直だと思う。

    詰め込みすぎで、気持ち悪いから面白いんだな。結局。

    でも、将棋やらないから、ラストの一局に込められたモノは、まったく受け取れなかった。

    あと、ラストの2人のやり取りは、もう一息置いてから、前のテンションと断ち切るように見せたほうが効果的ではなかったか、と思う。素人考えではあるが。

    今回も、コブラを演じたムラマツベスさんがいい。いつもの感じなのだが、やっぱりいい。そして、ザキヤマを演じた後藤裕哉さんが、もの凄くよかった。
    もちろん、他の人たちも、それぞれのキャラをうまく作り込んでいて、楽しかった。

    どうでもいいことだが、未来のところで、出てくる白い人は、『時計じかけのオレンジ』+『ブレードランナー』?

    公演が始まる前に、「台本の感想を書いてくれ」的なお願いをされたので、上演前には滅多に読まない台本を読むことになった。
    これをどうやって舞台に再現するのだろうと思っていたら、まあ、全部舞台の上にぶちまけていた。それが、空間と時間がぐちゃぐちゃで融合したり、離れていたりと、とても見事だった。
    ちなみに、台本読んだ段階では、ザキヤマはてっきりムラマツベスさんかと思っていた。頭の中では彼の声色で台詞を読んでいたのだ。


    …って書いてきたけど、人のことを散々、「過剰だ、過剰だ」と言いながら、2行ぐらいで書ける内容を、こんなにだらだらと書いている自分に気がつき、愕然としてしまうのでした。

    4

    2011/12/04 06:54

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  • それはなによりでした。

    演出の上手い下手はわかりませんが、ボスさんの脚本世界を繰り広げるには、まずご本人の演出は欠かせないでしょうね。
    思っていることをすべてストレートに伝えることは、無理でしょうから、後は役者さんの想像力と、台本と、演出の3人4脚で、作り上げていくものなんでしょう。よくは知りませんが。
    少なくとも今回は、評判もよかったようですし。

    「笑いが取れた」ということですから、例の少年との邂逅シーンでもいい塩梅で笑いが取れて、その後の演技に支障が出なかったということですね(笑)。

    次も楽しみにしています。次はボスさんは役者に専念ということですね。

    2011/12/10 02:26

    試しました。

    うまくいきました。

    俺は広く意見を取り入れる派の演出なんですよ。

    ありていに言って、演出下手なんです。

    役者にも、俺の演出は6割ぐらいの気持ちで聞いて、と言ってるぐらいです。

    その日曜の昼、夜の回が、お客さんと波長が合って、

    笑いも取れて、役者がのびのび演技してました。

    2011/12/10 01:44

    ええっ!

    ド素人の意見を!

    で、結局試したのですか?

    で?

    2011/12/09 05:38

    長いのを、ありがとうございます(笑)

    ちょっと、もうザムザに出なきゃいけない時間なので、ここは短く。

    脚本を書くとき、言葉に酔いながらも、

    キメる台詞は一発で、バサッといきたいものだ、と思っています。

    何個かそういう台詞が今回、書けたと思っていて、

    どうかな、舞台に立ちあがったのかな?と。

    ラストシーンはその一つで、

    そうですか。もう1拍置いてですか。

    ちょっと今日の昼の回の前にためしてみます。

    2011/12/04 09:25

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