満足度★
素養のないもの通しゃせぬ
アガサ・クリスティーの、言わずと知れた世界最長ロングランを現在も更新中の本格ミステリーである。
マザー・グース「三匹のめくらネズミ(劇中では『目の見えぬネズミ』と翻訳)」の調べに乗せて起きる連続殺人。クリスティーお得意の「童謡殺人」もので、しかも舞台は閉ざされた雪の山荘。集められたのは正体を隠した一癖も二癖もある人物ばかり。犯人はいったい誰か? ミステリーファンには垂涎の筋立てだ。
『検察側の証人』『そして誰もいなくなった』と並んで、謎解きの難易度が高く、クリスティー戯曲の中でも傑作と評されるが、これだけ有名な作品だと、既に犯人もトリックも一般にかなり浸透している。しかし二度、三度観ても楽しめるように数々の「仕掛け」を施しているのがクリスティー戯曲の醍醐味だ。その「仕掛け」を俳優がいかに演じきるか。観客の楽しみはその点に集中する。
ところが実際の舞台を観る限り、演出にも俳優にも、その「仕掛け」の意味が理解できているようには見えなかった。「ミステリーを愛好するには『素養』が必要だ」と主張したのはミステリー評論家兼映画評論家の故・瀬戸川猛資氏だったが、その「素養」が制作者たちには決定的に欠けているのだ。
ミステリーを書こうと思う者、舞台に掛けようと思う者は、すべからく氏の言葉の重みを噛みしめておくべきだろう。
※ネタバレBOXには、トリックについて詳細に述べておりますので、未見の方は決してお読みになりませんよう、お願い申し上げます。原作戯曲はハヤカワ文庫で読めます。