五月大歌舞伎 公演情報 松竹「五月大歌舞伎」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    演劇の非日常性・・・夜公演
    籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)。中村吉右衛門が、元禄九年吉原百人切りの実話を題材とした明治時代の上演から絶えていた場面を百有余年ぶりに復活し、発端より大詰まで上演するという話題の舞台。ここの籠釣瓶は、籠で作った釣瓶は汲んでも水が溜まらないことと同じように、人を切っても血糊も付かぬ切れ味落ちずに血を吸い足らない名刀の意である。その名刀を吉右衛門演じる次郎左衛門が持ち、吉原一の花魁八ツ橋を演じる中村福助の艶やかさとの調和が見事だ!吉右衛門の演技やせりふは言うまでもなく懐深く大きな演技・数々の引き出しがみられるが、福助にも、縁切りの場の名セリフ「つくづく嫌になりんした」は八ツ橋自身の境涯ともとれ、名女形への進化成長など・・見どころ満載とても楽しめ嬉しい舞台だった。
    それにしても感じたのは、演劇の持つ、善にも悪にも花が咲き喝采を浴びる非日常性である。
    天候に晴れもあれば雨もあり、台風もあれば大吹雪もあるように、人の心も日々不順である。人は一人では人間と言わない。芝居も同じで人が演じるのであるから、たとえ同じ演目同じ役者でも、同じものが出来る筈がない。昨日の芝居と今日の芝居、明日の芝居は同じではない。芝居に関わる人が増え、人と人との間ではじめて間合いが生まれ、舞台の作品が成熟していくのである。そして、同じ作品でも役者が変われば違う作品になリ、味を工夫し得意が生まれていく。演劇に情熱を持ち挑戦し続けることから伝統が生まれ、昇華して後世に残ることになるのである!演劇を志した以上、どのジャンル演劇集団も未来へ継承するよう努力をして欲しい!

    ネタバレBOX

    江戸時代の享保年間元禄九年に起きた事件「吉原百人斬り」を題材に、黙阿弥の門下生・三世河竹新七が書いて明治21年(1881年)5月1日に現在の明治座で初演された。
    佐野次郎左衛門を初代中村吉右衛門・花魁の八ツ橋 は六代目中村歌右衛門が演じ、縁切の場の「花魁、そりゃあ、ちと袖なかろうぜ」というセリフは巷でも流行語になったらしい。

    江戸時代の吉原では、最高級の遊女の花魁は、客との初対面の挨拶が終わると、かむろ以下すべて関係者を連れて、遊郭の中を練り歩いて帰る。その際、御贔屓客が来ている他の茶屋に向かって見染めとして挨拶する意味で微笑む。この時に、挨拶された茶屋は祝儀を花魁に贈るのが習わしとされ、花魁が挨拶する数が多いほど人気があり格が上とされた。「見染め」で八ツ橋が微笑むのはそのためで、次郎左衛門は自分にしたものと誤解するところから悲劇が始まるのである。
    下野国(栃木県)の豪農佐野次郎兵衛(段四郎)が遊女お清を妻に迎えるが、妻が病気(梅毒)になったため捨て、良家へ婿入りする。捨てられたお清はすがり付くが惨殺してしまう。それが祟りで、次郎兵衛は悶絶死、次男の次郎左衛門(中村吉右衛門)は疱瘡(天然痘)に罹り、一命は取り留めるも酷く醜いあばた顔になる。
    その後成人し、絹商人として成功した次郎左衛門は、江戸よりの帰途に金を奪われそうになったところ、浪人都筑武助(中村歌六)に助けられる。その恩義から武助を家に招いて剣術を習いながら世話をするが、根が病弱な武助は間もなく病死する。死の際に、武助から今までの礼・形見として「籠釣瓶」という刀を授かる。この刀は一度抜くと血を見ないではおかないという村正作・名刀の籠釣瓶(かごのつるべ)であった。籠で作った釣瓶は汲んでも汲んでも水が溜まらないことと同じように、切っても切っても切れ味落ちず血を吸い足らないとの意で、その妖しい名刀を今は吉右衛門演じる次郎左衛門が持っている。
    江戸へ絹を売りに来た佐野次郎左衛門は、下男冶六(中村歌昇)とともに華やかな吉原を見物する。いかにも田舎者のなりの二人は、客引きにあやうく騙されそうになり、茶屋の女主人・立花屋お駒(中村芝翫)に「今日は帰りなさい」と諭される。いったん帰途を決意した次郎左衛門だが、花魁道中の八ツ橋(中村福助)を見かけ、見染めの笑顔に一目惚れをしてしまう。 花道の付け際で、福助演じる八ツ橋が見せる艶ある微笑みと、舞台中央で茫然自失、腰が抜けたようにへたり込み、いかにも田舎者の次郎左衛門を演じる吉右衛門との対比が絶妙で見せ場である。
    佐野次郎左衛門はいったんは帰郷するが、その後八ツ橋のもとに通いつめ、実直な次郎左衛門とのあいだで、近々に身請けをすることで話がまとまる。一方、八ツ橋の養父であるやくざ者の釣鐘権八(中村彌十郎)が立花屋を訪ね、金の無心を頼むが、あまり度々のことなので断わられてしまう。これを恨んだ権八は、八ツ橋の間夫(まぶ:情夫)である浪人・繁山栄之丞(中村梅玉)の家へ行き、次郎左衛門の身請けの話を伝える。八ツ橋のもとへ来た権八と栄之丞は、次郎左衛門に愛想尽かしをするよう無理強いする。
    次郎左衛門は、商売仲間二人を連れて茶屋に遊びに来ている。芸者や幇間も交えて大勢でにぎやかに酒宴をしているうち、遅れて八ツ橋が顔を出す。
    八ツ橋は、「身請けをされるのはもともと嫌でありんすから、お断り申します。この後はわたしのところに遊びに来て下さんすな!」と次郎左衛門に愛想尽かしで、満座の中で恥をかかせる。八ツ橋は部屋を出ていき、商売仲間らも次郎左衛門を馬鹿にして行ってしまう。
    残された次郎左衛門は、立花屋の主人に、八ツ橋のことはあきらめ「振られて帰る果報者とはわしらのことでございましょう。」とのせりふを残し寂しげに故郷へ帰ってゆく。
    その後暫く八つ橋は元気なく、心許す同じ花魁の九重(中村芝雀)に、次郎左衛門に詫びを入れたいと打ち明け、九重が仲介をしましょうと二人で打ち合わせている最中に、次郎左衛門が四ヶ月ぶりに立花屋に顔を見せる。八ツ橋は嬉しそうに笑顔を見せているが不安げな表情もみせる。(福助の着こなししぐさなど玉三郎に続く名女形と感じながらみていた。)次郎左衛門は、また初会となって遊びたいと、立花屋へ申し出ると大歓迎を受ける。しかし、八ツ橋と二人だけになると表情が一変する。次郎左衛門は「コレ八ツ橋、よくも先頃次郎左衛門に、おのれは恥をかかせたな。」と「籠釣瓶」を抜き、逃げる八ツ橋を切り殺す。
    狂気した次郎左衛門は刀を燭台に透かし見て「ハテ籠釣瓶はよく切れるなあ。」と笑いながら、八つ橋の間夫栄之丞や釣鐘権八などと江戸吉原中での大殺陣周りをみせる。(この場からは、先程までの人の好い善人次郎左衛門の演技とは異なり、吉右衛門の懐深い芸風で悪の権化を見事に演じてみせる。)
    そして最後の場では、瓦屋根にまで昇り、火消連中相手に大量の水で攻められるなどの仕掛けもあり、次郎左衛門の瓦屋根上での見栄で幕となる。

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    2011/05/11 05:17

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