タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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虚無という名の楽園

虚無という名の楽園

シタチノ

「劇」小劇場(東京都)

2026/03/04 (水) ~ 2026/03/08 (日)上演中

予約受付中

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。表層的にはスタイリッシュ、内容は骨太といった印象。ほぼ満席。
心が折れた時から立ち直り方を忘れてしまったか、無関心を決め込むことで 心穏やかに過ごす、そんな虚無の楽園にいる主人公 一ノ瀬律。その彼がいるアイドルユニット「crest(クレスト)」で問題が起き、少しずつ心の変化が生じ 後悔しないように生きていくことを模索する成長譚。公演は、劇中にアイドルユニットのパフォーマンスとして歌・ダンスを挿入し観(魅)せているのも見所の1つ。

煩わしいことに関わらず 心を閉ざしていれば気楽。しかし世の中、人との関りを閉じることは難しく いつの間にかユニット内の問題に巻き込まれていく。諦めない人への愛情、後悔・反省だけではなく希望を糧として生きようとしだした人々への応援歌でもある。その描き方が現代的なアプローチで面白い。説明にある「彼に会ってしまってから何かがおかしい」の「カレ」が肝。

少しネタバレするが、ユニットが所属する事務所の対応、それがリアルな芸能事務所と重なり興味を惹く。理不尽なことには拳を握り大声で叫び弾糾する。しかしSNSなど特定し難い人々へは…情報があふれる社会の中で「何を信じ、または信じないか」「どう生きるか」を選択することは容易でない。情報に翻弄されながら、それでも自分の信じる道を歩もうとする物語。それをキャストの熱演がしっかり支え紡いでいく。
自分好みの公演。
(上演時間2時間10分 休憩なし)追記予定

アイロニーの丘:Re:Re

アイロニーの丘:Re:Re

9-States

駅前劇場(東京都)

2026/02/26 (木) ~ 2026/03/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
再々演の演目らしいが、自分は初見。作・演出の中村太陽氏によれば、少しずつ視点/内容を変えているとのことであったが、本作はまさに現代的なアプローチのようだ。定時制高校の入学から卒業迄、或る事情を抱えた個性豊かな生徒と独特な雰囲気と思考の教師が繰り広げる学園群像劇。

登場する人物の描き方には濃淡があるが、共通しているのは 人との付き合い方が苦手、不器用といった人々ばかり。その人々が少しずつ成長していく姿を温かく見守るような展開。勿論 生徒だけではなく先生方も訳ありの生徒と向き合うことによって、人間的な成長をみせる。大上段に振りかぶった「(理想の)教師とは?」といった高みからではなく、人と人との生身のぶつかり合いを通して 机上の学問だけではなく生きた学びを得ていく。
(上演時間1時間55分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は高校の教室、上手に黒板や教壇、中央に3人ずつ3列のスチール机と椅子が並んでいる。奥の壁面は窓ガラスで 上演前は茜色(夕方)に染まっている。

冒頭 1人の女性が教室に居残り物思いに耽っているよう。そこへ中年の男性が見回りに来て…女性は全日制の教師 朝比奈、男性は用務員に間違えられたが、実は定時制の教師 山崎。この出会いによって全日制・定時制という昼夜に関係なく「教師」という共通の設定に繋げる。定時制の廃校は既に決まっており、今いる生徒は持ち上がり。

一方、生徒は漁師 ・元引き籠り ・元社長 ・ホスト(レジ係)・主婦 ・元工場員 ・問題児の転校生 ・モブ キャラ という年齢も経歴もさまざまな人々。1人ひとりが抱えている問題や背景を描き、机上の知識だけでは解決できない人間ドラマを立ち上げていく。例えば 元引き籠りの女性は苛められていた生徒を助けるための行為が、SNSで苛め側のように捏造/歪曲され拡散。また元工場員は言われたまま仕事を行い、自分で考え判断したことがなかった。食事も弁当が支給され献立を考えたこともない。SNSという姿の見えない人からの誹謗中傷、思考や判断を奪う親切なマニュアルといった現代にありがちな事。他にもモンスターペアレント、ストーカーなど人間不信に陥ることなどを点描する。

説明には「人生リスタート支援政策」によって40歳以上が定時制に入学とあるが、中には その年齢に達しない生徒もいるようだ。年齢に関わりなく 人生はやり直せる といった描き。初演や再演は観ていないが、冒頭の朝比奈先生は学級崩壊によって教師という職業に自信を失っていた。初演は15年前(2011年)、本作では描いていないが 当時の問題意識はそこにあったのかもしれない。一方、今作の底流にあるのは、自分の正義だけを振りかざしても 相手に真意が伝わらない、もしかしたら傷つけてしまうといったこと。しかし、自分を見失い世間(他人)に振り回されてもいけない。山崎先生の言葉遊びのような台詞は、まさにタイトルに含まれる意のよう。

物語はエピソードごとに暗転するため、時間(流れ)といったメリハリが利き印象に残る。それに伴い、生徒の座る位置(座席)も違う。また照明も時間と心情を上手く表しており、実に効果的。廃校後、山崎先生は「教師」を辞めるようなことを言っていたが、同窓会で再会した時、今何をやっているの という生徒の問いに「先生」と…。
全体的に丁寧な作り込み、その思いが観客の心に届くような公演だ。
次回公演も楽しみにしております。
言の葉サーカス#01

言の葉サーカス#01

Tokyo Artist Circus

北とぴあ ドームホール(東京都)

2026/02/26 (木) ~ 2026/02/26 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
星をモチーフにした朗読劇8編、どの話も滋味に溢れ心に響くものばかり。
話に関連性はないと思うが、内容は 星を繋ぐとして「星の言葉」に準えているよう。
今回はハグハグ共和国の久光真央さんが作・演出で、出演者も劇団員や馴染みの方が多く、楽しみに そして期待もしていた。その期待を裏切らない出来栄え。

「ドームホール」は「旧プラネタリウムホール」で、投影機本体の老朽化等によりプラネタリウムの投影は終了。現在は ドームの形状を活かした多目的ホールとして使用されているらしい。本作では照明によって、星影を映し出し雰囲気を漂わせていた。
(上演時間1時間20分)

ネタバレBOX

舞台美術は 4本のスタンドマイクのみ。ドーム天井に~星を繋ぐ~の文字と星々が投影されている。役者は黒基調の衣裳だが、1人だけ白衣裳(役柄上、意味があるよう)。ちなみに話によって衣裳替えをする。
基本は正面舞台で朗読するが、話によって客席通路(軌道)を回り、天体が周回するようなイメージ。
話は 次の8編。

①ポラリスー麦茶の香りー
母と息子と娘の3人。幼い頃 母が淹れてくれた麦茶の味、それを懐かしむと同時に母への思い。息子が子供の頃 実母は亡くなり、今 電話口から聞こえる継母とのぎこちない会話。その思い出話が麦茶の味、電話口に向かって「ありがとう」と…。ポラリスの星言葉は「変わらない指針」「道しるべ」と言うらしい。義理の息子が真っすぐ育って安心する(継)母。

②すばるの下でーあの日のすいとんー
方言で喋っている(国防)婦人会の女性3人。時は戦時中、戦地の夫の安否を気遣う女性。それを慰め励ましている2人。不安と恐怖に苛まれているが、とにかく食べて元気を出すこと。心は負けていけん、笑って生(活)きな。すばるの星言葉は「祝福」「幸運を祈る」。

③エリダヌスのほとり
1人語り。何もないところから生まれた 星の川。流れ巡り 命は繋がって…。この話だけ きわめて抒情的に感じた。また話と話の橋渡し(トランジションか?)のような短い語り。エリダヌスの星言葉は「孤独を嫌い、人に尽くす」ということ。

④ミンタカの夜ーあの頃の向こう側
冬の夜 公園に3人の男女ー小学校時のミニ同級会。卒業アルバムに書いた夢、なりたいもの は「何でもいい」。他の友達のように具体的な希望が書けなかった3人の現在は、まだ何者にもなれていない中年。それでも(必死に)生きている。星言葉は「冷静沈着」「論理的思考」、そう言えば、会話が理屈っぽい。

⑤メンカルの水面
通りすがりの銭湯に入った54歳の女性。離婚し寂しさ侘しさから 今にも湯船に沈んでしまいそう。そこへ彼女より年配の女性3人。女に向かって姦しく話しかけ触れ合う。それによって少し元気に…。クジラは沈むのではなく潜る、時には発想(役回り)を変えることも必要。星言葉は「理性的で実直」。

⑥アーネブー孤独なうさぎへー
1人語り。客席通路の上から下に、そして中央舞台を通り 今度は反対側の客席通路を上っていく。その間に闇に手を伸ばし、もういいかいと…。臆病な うさぎは隠れていたが、ごっこ遊びに乗じて 勇気を出して自ら一歩を踏み出したような…。

⑦カストルの真昼
繁華街にある公園に女2人とそれを見ているカラス。2人は双子の姉妹、子供の頃に両親が離婚しそれぞれ父と母に育てられた。別々に育った姉と妹、クリスマスの花(壇)飾りの仕事を介して再会するが、姉は癌で余命僅か。星言葉があるのか分からないが、姉妹の絆といったところ。

⑧真夜中のベテルギウス
冬の真夜中、星を眺めている女とキャバ嬢、そして猫。キャバ嬢は男に貢いでいるが相手にされない。星を眺めている女曰く、星が光って見えるが、あれは遥か昔(数百年前)の輝きが今 見えている。空には星が並んで見えているが、実は奥行きがある。そんな蘊蓄話はキャバ嬢にとって興味なしだが…。人の外見も人生も見た目だけではなく奥行きがある。キャバ嬢は施設育ちで弟の面倒を見ていたが、その弟は<星>になったと…。

話によって 演者は1~4人、話の長さも長短あるが、どの作品も心象深く 冬の寒い日に心温まる話。当日パンフには「言の葉サーカス#05」まで情報が載っていた。次回以降の公演も楽しみにしております。
土曜日の過ごしかた

土曜日の過ごしかた

ニットキャップシアター

座・高円寺1(東京都)

2026/02/27 (金) ~ 2026/03/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
昭和11~12年頃から戦後迄の世相というか世情を軸に描いた群像劇。公演の魅力は、舞台美術と小道具(マスク)を使って逼迫・閉塞していく状況を視覚的に表し、言葉では表し難い時代の空気感を醸し出す巧さ。時代の「圧」が強まること、それはジワジワと得体の知れない不気味さ、そう感じた時には もう遅いのかもしれない。

京都の喫茶店が舞台。新聞「土曜日」という 今でいうミニコミ(タウン)誌までが不穏な時代に飲み込まれ、自由が殺がれていく怖さ。少しネタバレするが、新聞も発行の都度 検閲を受け問題にならなかったが、全体を通してみれば という具体的な根拠/論拠を示すことなく廃刊に追い込んでいく。この庶民の暮らし向きの変化が、物語のテンポに表れているよう。時局が逼迫する前は、のんびりといった感じだが、軍歌が流れ出征の場面から慌ただしくなる。敢えて時代の空気感と物語のテンポの同期を合わせているよう。この緩急によって時代が動いていることが分かる。
(上演時間2時間10分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台は円形、その円周の上 正面奥に本を見開いて立てたような造作。その中心に喫茶店デイジーのカウンター、上手の戸は出入口、下手の戸は屋内へ通じる。全体は焦茶(珈琲)色で格子風の造りが京都といった雰囲気を醸し出している。冒頭 客席側にテーブルとイスが三組あるが、時局とともに本(壁)の両端が少しずつ狭まっていく。同時にテーブルとイスも取り払われ、最後のテーブルとイスは特高警察の取調室や汽車の座席に変わる。
映画俳優(大部屋)の斎藤雷太郎が待遇に不満を抱いていた、それが新聞発行の発端。舞台では自転車に乗って京都の街を といった行動力が描かれている。

当日パンフは「土曜日」のようなタブロイド判の見開き新聞、そこに実際発行されていた新聞の概要が書かれている。それによると「昭和11年7月から12年11月まで・・・紙面は六面あり 映画評を中心とした文芸欄、海外の雑誌記事の翻訳紹介した海外情報や地元京都のこと・・・読者投稿に力を入れ」とある。発行部数は7~8千部。現物を見ていないが、今でいうミニコミ誌と変わらないよう。しかし時局の悪化に伴い、執筆者の多くが検挙され廃刊。表現の自由が殺がれ、反国家的な思想や態度をとれば捕まってしまう。

冒頭は 喫茶店という憩いの場所を中心に、東京から来た大学教授や新聞「土曜日」の発行人 斎藤雷太郎らが映画評論や地域の話題を話している、そんな自由が感じられる光景。それが反国家的な思想(無政府主義など) その集会が弾圧されだす。円形 舞台の外には所々赤い滲みのあるマスクを被り 手に持つ、それは多くの人が監視し、いつの間にか血塗られた同調圧力になっていることを表す。円周の上をなぞる様に奥壁が狭まる様子は、世情の閉塞感に外ならない。圧巻は映画評論を執筆していた文学部教授が特高警察の取調を受けるシーン。留置所に収監したまま しばらく取調をせず精神的な苦痛を与える。そして(反省的な)作文を書かせようとするが…。教授にすれば自分が取り調べられる理由がわからない。本人の自覚なきこと、それでも何らかの理由を でっち上げ起訴し裁判へ。最近の冤罪事件の取調/裁判を連想させる怖さ。

公演の魅力(見所)は、戦前の京都の街がだんだんと きな臭い時局に巻き込まれていく様子、そして戦時中の緊迫した様子、最後は「リンゴの唄」が流れる中 舞台セットが元の広さに戻る戦後(喫茶店⇨居酒屋「白菊」)の様子、その節目を視覚的に観せ、観客に考えさせるところ。あくまで押し付けることなく時代の流れを飄々と描いているが、その奥底にある恐怖は犇々と伝わる。知らず知らずに世の中が悪くなっていくこと、そう考えたとき 今(時代)に敏感でいることの大切さが解る。
次回公演も楽しみにしております。
エドヒガン

エドヒガン

ゆく道きた道

武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)

2026/02/20 (金) ~ 2026/02/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

過去(1966年)と現在(2026年)を交錯しながら、嘗ての成瀬家(床下)を掘り起こし 埋蔵金を探し当てようとするが…。説明には、戦後の没落で屋敷を売るしかない成瀬家にとって、埋蔵金は最後の希望だったが とあるが今は郷土資料館になっていることから手放したことは明白。なぜ埋蔵金ハンター・成瀬はな が、結婚引退から久々に復帰したのかが肝。そこにシニア劇団らしい切実さが窺える。

成瀬はな は埋蔵金ハンターとして有名らしく協力者が多勢いる。物語は 実家を掘り起こすため地元へ帰ってきており、高校の同窓会のような賑やかさ。学生の頃から人気者、そして言い出したら聞かないタイプという人柄を早いうちに明らかにする。少し分かり難いのが、成瀬家の没落の理由というか原因が釈然としなかった。施政を揶揄するため地続きとして過去を批判的に描いたのであろうか。

時々 台詞の間が長くなること、他の人が被せるように話す(「オーバーラッピング・ダイアローグ」とは違うと思う)こともあり、台詞を忘れちゃったの と心配する(←杞憂だった)場面もあったが、全体的に ゆったり ほんわかと紡いでいく。勿論 今の立場や思惑から激論することもあるが、そこは気心の知れた仲のようで…。そこに この演劇ユニットの『咲き誇る経験、輝く舞台』のコンセプトが重なって見えるような。

少しネタバレするが、ラストシーンかと思っていたら、暗転後 さらにワンシーン続く。その意味するところが…数年経ったことなのかな?
(上演時間1時間15分)

ネタバレBOX

舞台美術は 下手に段差を設え旧成瀬家の応接間。豪華な応接セットと脇に腰高の和箪笥、その上に白い壺。上手は大きな空間で 土間や庭といったところか。客席方向にタイトルにもなっているエドヒガン(樹齢500年以上)が植わっている という設定。

成瀬はな が十年ぶりにこの街の郷土資料館に姿を現した。館の管理人はそんなこととは知らず、怪しい人物と警戒する。はな にとっては生まれ育った家、そして床下には埋蔵金があると信じている。学校の先生で郷土史研究家でもある友人の資料もある。しかし今は公共の施設である。はな は有名な埋蔵金ハンター、埋蔵金が発見できれば街興しにもなると 捕らぬ狸の皮算用を始める。一方 高校時代から因縁のある街の実力者 小坂俊臣は埋蔵金掘りに反対。実は はなの曾祖母 つやの時(60年前)にも同じような騒動があった。

その時は成瀬家に多額の借金があり 金策に困っていた。そんな時 敷地内に埋蔵金があると…。結局 つやの姉 長女ときの猛反対で断念していた。10年前迄は埋蔵金ハンターとして活躍していたが、強引なやり方で協力者と仲違いをし、以降疎遠になっていた。再び埋蔵金ハンターとして復活したのは、自分が認知症になり心残りへの挑戦のよう。つやが残した日記(資料)から、埋蔵金は家が建つ(明治期)前に埋められているから、その場所はエドヒガンの根元らしい。その根は深く広く拡がっている。

“シニアだから”といって諦めない人への愛情、後悔や反省のみではなく 希望を糧として生きようとする はなを応援する。悪人は登場しない、それぞれの性格や立場 そして思惑の違いが対立を生じさせているにすぎない。しかし皆 学生時代からの仲間、理不尽なことへは拳を握り声を上げる。60年前に家を手放すことになったのは、重い税負担(戦後直後の没落華族でもないのに)だったと小坂の曾祖父?が言う。当時の成瀬家は裕福どころか 借金まであったのに女中(差別用語?)がいた。ちょっと腑に落ちないところもあるが、卑小なことなのだろう。

エドヒガンを伐採すれば、その花見(地域住民の楽しみ)は出来なくなる。ラストは桜が舞い落ちるところで、と思ったが次シーンがあった。管理人の「変わらない日々、それでも ちょっとした変化に刺激があり生きていることを実感する」といった言葉、そこにシニアらしい味わいが…。
次回公演も楽しみにしております。
とき語り 源氏物語

とき語り 源氏物語

SPACE U

梅若能楽学院会館(東京都)

2026/02/19 (木) ~ 2026/02/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「源氏物語」の背景や情況を分かり易く語り、登場する人物は能楽の所作を意識した動きで端正で緩みのない演技が見事。光源氏が生まれ老いる迄の長い年月を、宮廷内の権力抗争と彼の情愛を中心に描く。休憩を挟んで前半は光源氏が幼い頃(3歳)迄、後半は時が経ち青年期(23歳)以降を紡いでいく。現代語訳を読んだことがあったが、改めて光源氏の人間性を垣間見たような感覚だ。見応え十分。
(上演時間2時間20分 途中休憩10分)

ネタバレBOX

能舞台に紗幕衝立3枚。それを場景(寝所等)に応じて動かし物語を紡いでいく。冒頭 黒衣裳(女性の上衣は濃紫)の男女が客席に向かって錐直に並び、地位や対立を表しつつ左右に分かれて座る。場景の主役を担う時は、色彩ある上衣を羽織る。
平安京の条坊や(大)内裏そして清涼殿などの配置を語ることによって、現代とは異なる時代の様相を説明する。「源氏物語」を形成している往時の概要を とき語りしている。照明、音響/音楽といった技術は現代的で生演奏ではない。
因みに脇正面席は使用しない。

物語は、帝の寵愛を受けた桐壷更衣が美貌と才質に恵まれた第二皇子(後の「光源氏」)を産んだが、すでに第一皇子(朱雀院)の母となっていた弘微殿女御をはじめ他の女御・更衣の嫉妬・憎悪を受け心労のはてに病死したところから始まる。光源氏は神才を発揮したが、将来を危惧した帝によって臣籍に降され 源の姓を賜る。そして「夕顔」「若紫」などの話を点描し 光源氏が父帝の庇護のもと、多感な青春の日々を悩み彷徨する姿として描く。情景によって「源氏物語」で詠まれている和歌を披露する。

父帝が寵愛している藤壺宮(母 桐壷に似ている)への恋慕、そして宮は妊り背徳の罪への怖れから藤壺宮への接触を断念する。「源氏物語」の帖は続き、本作では光源氏が出家した後も語っている。チラシに「母の幻影を求め・・父の背を追いつづけて生きた光源! 晩年を迎え その答えを 今は亡き父母に問う‼」とあるから回想のように思えるが、原作には 光源氏の死(本文)は無かったと思う。むしろ物語を順々と展開することで、光源氏という類稀なる人物の青春期を瑞々しく活写し、能という様式美の中で確かな息遣いを観(魅)せている と思う。一方、宮中宿直所で頭中将や左馬頭・藤式部丞?と語り合う様々な女性論の場面は、能とは違う現代的な表現。

古典の物語を語りで補い、現代にも通じる恋愛譚が観る者の心に迫ってくる そんな心情を描く。「源氏物語」の時代と現代では、恋路の習慣や決まり事 もっと言えば恋愛観・結婚観は異なり、必ずしも今の人が同じ出会いや別れを経験するわけではない。しかし男と女が愛し求めあう、幸福と不幸、喜びと悲しみの間で揺れる心情は時代に関係なくあるのではないか。物語には様々な障害があり、登場する女御たちは喜び 時に不安や苦悩に身悶えている。宮中と堅苦しいと思われがちな能の型(様式美)を重ね、その中で 敢えて現代的な語りを用いた型破り的な描き方、そこに斬新な新鮮味を感じた。
次回公演も楽しみにしております。
ヂャスヴュラ

ヂャスヴュラ

おぼんろ

本多劇場(東京都)

2026/02/12 (木) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

千穐楽観劇。
面白い。井の中の蛙が外の世界を覗いてみれば、そこは仁慈どころか残酷なところだった という寓話。外という未知の世界での冒険が始まる。それを おぼんろ らしいファンタジーとして描く。本作も物語性は勿論、照明・音響/音楽といった技術、舞台美術の演出が素晴らしい。特に可動する櫓状の造作をフルに動かし情景を豊かに紡ぐ。舞台全体が亀甲ひび割れ模様、それは美しくも惨い証。照明は夜空を照らす月であり 星々である。井戸の中を照らす月明り、その4分58秒間が愛おしい。

本多劇場での全ステージ 投げ銭公演。上演前と後、場内至る所で語り部(出演者)が参加者(観客)と談笑し、一緒に写真を撮って和気藹々と触れ合っている。投げ銭公演といってもいつもと同じ。いつの間にか参加者は おぼんろ の世界へ誘われ、その雰囲気に陶酔していく。この同化・没入感が おぼんろ の魅力!
(上演時間2時間15分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、大小形の違う櫓状の造作が2~3、それらを人力で動かし組み合わせや向きを変えることで情景に変化をつける。天井には逆さにした傘が吊るされ、降水を待っているよう。この島にはめったに雨が降らず、日照りで大地がひび割れている。逃げ場のない島という設定が妙。

井戸の中にいる蛙の3兄弟、イモリに外の世界の様子を聞き 憧れている。いつか外へ出てみたいと願い跳躍を重ねていた。念願かなって外へ出てみれば、そこは雨が降らず乾ききって殺伐としていた。人間は絶滅し 小動物の多くは奇形。人間が遺した建物は廃墟、そこに梟とヤドカリ。梟は片羽を痛め飛べず、仲間のように他の地へ行くことが出来ない。翻って この島にいることに意味があるのではないか と自己肯定する。島にいる小動物に水を与え、雨乞いの儀式も行っている。蛙3兄弟も梟の手助けとして雨乞いをする。そして黒い雲から雨が降るが…。

人間が遺した施設は放射能に汚染され、小動物に配水しているのも汚染水。たとえ汚染水でも水がなければ生きられない、奇形になっても生き長らえるか死ぬか という究極の選択を迫られている。梟は汚染水と知りつつ配水を続け、長男 蛙はそのことを糾弾し小動物たちに真実を告げる。その結果 小動物たちは梟を詰り信じなくなり、蛙3兄弟もバラバラになる。おぼんろ らしい弱き物(本作では蛙)の観点から、今の社会を批判的に見詰める。それは大上段からの理屈ではなく、あくまでファンタジーとして見せつつ、参加者に考えさせる。ラスト、前方客席まで広がるスモークマシンは まるで雲海の中、環境も精神も浄化されるような清々しさ。

井戸の中に月明かりが照らされるのは4分58秒、その光を愛おしむ様に体を少しずつ傾ける。狭いが兄弟仲良く平穏に暮らしていた日々、しかし未知への好奇心によって過酷な運命へ。そのドラマチックな展開が参加者の関心を刺激し語り部と一緒に旅へ、そんな一体(没入)感が おぼんろ公演の魅力。今の時代、2.5次元で魅せることも出来るであろうが、敢えてキャスト・スタッフ総動員で舞台美術を動かす。そこにも表立たない一体感を見るようだ。
次回公演も楽しみにしております。
2月の花火

2月の花火

ヒトトナリ

千本桜ホール(東京都)

2026/02/10 (火) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

説明にある通り「恋の行方と、島の因習に巻き込まれた人々の愛憎渦巻くサスペンスの結末は」といった内容で、伏線を張り それを回収し収束させる手堅い展開であるが、何となくコンパクトと言うか こぢんまりとまとまった感じ。サスペンスという緊張感はあまりなく、伏線の回収も終盤一気に明かすため、謎解きの高揚感に乏しいのが惜しい。

タイトル横に<-A.R.P second- 第一幕>とあることから、ヒトトナリの旗揚げに花火の打上げを重ねた意味合いかと思っていたが、物語の内容そのものを表している。打上げ花火(大会)といえば 日本の夏の風物詩の一つだが、なぜ2月に ということが肝。島に唯一残る古びた民宿「朝日」を舞台に 緩く紡いだ人間模様、もう少し凝った展開でもよかった。恋の行方は「希望を残した」という言葉の余韻。

少し気になったことが…。
(上演時間1時間20分 休憩なし)【Bチーム】

ネタバレBOX

舞台美術は民宿「朝日」の共用---リビング兼受付。中央奥に2階へ上がる階段、中央にソファとテーブル、上手に受付と電話台。壁には飾額と「朝日」と書かれたプレート。壁は下が木目調、上がオフホワイトになっており、そこへ水面に揺れる月灯りのような照明を照射し不安・不穏感を表す。

冒頭 ソファに黒布を被せ、何やら怪しい行為をしている男を見て騒ぎ出したところから始まる。怪しい男は長谷川、そして騒いだのは高橋。高橋は殺しの現場を目撃したと勘違いし逃げようとしたが、ハプニングが起きる。後々分かるが、長谷川は高橋を庇い崖から落ち、そのショックで一時的に記憶喪失になる。高橋は失業し金もなく死のうとしていたが…。高橋は長谷川が転落死したと早合点し、財布や携帯電話を奪い長谷川に成りすまし民宿へ。

民宿をやっているのは めぐみと半年前から勤めだした ゆき。ゆきが怪我をしている長谷川を民宿へ連れてきたことから慌てだした高橋。そんな時、町長で民宿の持ち主である小岩が江戸川という男を連れてきて、彼の息子と見合いをするよう勧める。恩義があり断れない めぐみ、しかしその裏にはある悪事が隠されていた。花火の催行には国から助成金が支給され、実際の打上げ花火本数をごまかし私腹を肥やしていた。それを告発するために といったサスペンス。ごまかして打ち上げなかった花火を時季外れの<2月>に上げることで島民に不正を知らしめる。

島という閉鎖性、そこに悪しきことと知りつつ島民の同調圧力に屈してきた町長の苦渋(島民が減少し財政難を補ってきたよう)。その意識を本土の人間が悪用する典型的な犯罪構図。ただキャストが7名、上演時間80分とコンパクトであるから真の悪人(江戸川)は1人で迫力に欠けたこと、終盤は駆け足の展開になったのが惜しい。

気になったこと、それは暗転が多く その時間が少し長く感じられたこと。長谷川に告発を手伝わせたジャーナリストの千葉が ゆき のことを知っていたのは何故なのか ということ(事前に繋がっていた?)。自分が観逃したか聞き逃したかな。
次回公演も楽しみにしております。
film 9

film 9

パフォーマンスユニットcoin

シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)

2026/02/13 (金) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
表情と身体表現のダンスパフォーマンスだけだが、そこに自分なりの物語性を想像することが出来る、そこが魅力の公演。自分の内で物語が自由に膨らんでいく心地良さ。まさに「踊りで物語を紡ぐイマーシブ・ダンスショー」の謳い文句にふさわしい。前作「東京夜行」が素晴らしかったが、今作も観応え十分。

チラシとタイトルから映像(記憶や記録等)をモチーフにしたイマーシブ・ダンスショーを思い描いていた。確かにその通りのような気がするが、さらにダンスの形態そのものが物語に組み込まれている、いわば劇中劇のような表現になっている と感じた。
(上演時間1時間15分 休憩なし)

ネタバレBOX

会場入口側が正面、その左右にも客席を配した三面客席。正面奥には平台、上手奥にも別平台を設え、中央にアクティングスペース。正面右側にテーブル、収納BOXや飾棚があり、至る所にポストカードが吊るされている。下手の壁に「ナイン座」のプレート。
全体的に昏いが ダンサーの衣裳はデザイン違いの白色系で統一。人によってはグレー系格子状のワンポイント飾りを着けている。前作も色彩に拘っていたが、本作も同様。ラスト、この配色によって或る世界観を連想したが…。

始めは6人での群舞、お披露目的な意味合いもあるだろう。それから単独もしくは複数人によるダンスだが、それがクラシックバレエ・ソーシャルダンス・ダップダンスそしてコンテンポラリーダンス等といった多彩な形態で踊る。その度 衣裳を変えるが、基本は白・黒・灰の3色彩。

タイトルから 既成の8㍉filmとは違った「9film」という独自の世界を描いているのだろうか。「ナイン座」というホールもしくはショークラブといった所が舞台。始めの群舞は賑やかな頃のイメージ、それから各自のダンスはそれぞれがショーで踊っていた頃の想いを込める。何となくウエスト・サイド・ストーリーを連想させるようなダンスもある。すべてのダンスシーンに音楽/音響が寄り添うように奏でられる。全24曲「閃光少女(東京事変)、少年時代(井上陽水)、Fit As a Fiddle(映画 雨に唄えば)等」。活躍は 今は昔、寂れ廃れた追憶に過ぎない。吹き荒ぶ風のような音、それが荒涼感を表している。

ラスト、7人目のダンサー(演出兼任の阿部さくらサン)が現れ 夜空に見えない星があることも忘れないでほしい といった言葉。ちなみにダンサーはノンバーバルコミュニケーションであるが、時々 詩の朗読が挿入される。衣裳の白は生、黒は死、灰は生死の狭間をイメージ。昏い中で白衣裳で等間隔に横並びすると鯨幕のよう。

物語は 踊っていた若かりし頃、それがfilmに刻まれた記録と追憶になっている。皆が灰色のワンポイント飾りを外し舞台に置く、その行為はこの世(未練)と決別し昇華していくような清々しさ。人や物に永遠はなく、いずれ死や廃がくるが、他の人の中に思い出として生きる。それが見えない星のことを忘れないでに繋がるのでは…。舞台という視覚に訴える物語(虚構性)とは違ってダンスを通して、想像するという楽しみを味合わせてくれた好公演。
次回公演も楽しみにしております。
アオイの花

アオイの花

“STRAYDOG”

サンモールスタジオ(東京都)

2026/02/11 (水) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
理屈ではなく感情に強く訴える公演。内容的には重く苦しいが、舞台としては面白く観応え十分。物語は説明にある通り、いつもと変わらない日常が、突然1人の少年によって奪われる。「通り魔事件」に遭った女の子が娘・アオイ(=愛生)だった。生死を彷徨うアオイを家族は必死に看病するが、彼女は10年という短い人生に幕を閉じる というもの。

物語は、アオイが生きていた頃の平穏で幸せな日々と 亡くなってからの家族の悲しみ。さらに家族を取り巻く人々と(社会)状況、そのありがちなコトを点描し長い年月(12年、アオイの十三回忌迄)を紡ぐ。アオイが遺した思い、それを残された家族1人ひとりが、再び「真に生きること」に向かい合うまでを描いた感動作。それを“STRAYDOG”らしい歌(合唱等)やダンス、さらにヘルマン・ヘッセの名言を織り込んで、叙情豊かな仕上がりにしている。

少しネタバレするが、上演前から数名のキャストが舞台上におり、次々に客席通路を通ってメンバーが集まりだす。皆が揃った光景は稽古場(楽屋裏)---メタフィクションイメージ、そしてその場で配役等を決め本編へ といった演出で始まる。冗談を言い合う素顔から役者(プロ)の顔へ、その和気藹々とした雰囲気が変転していく驚き。その雰囲気の落差が そのまま感情の大きな振れ幅になっていくよう。
(上演時間1時間50分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は中央に出捌け口、左右対称に半階段状の架台のような作り。ラストは上部からスクリーンが下りてくる。シンプルな造作だが、長い年月を紡ぐためセットは固定せず観客の想像力に委ねている。

物語は、平穏な日々から突然アオイが兇刃に襲われ しばらくの間 生死を彷徨うが、亡くなる。必死に生きようとした姿、それが家族のその後(生き様)を勇気づける。防ぎようがない悲劇、その突然の出来事に呆然とする家族(両親と兄)。しかし悲嘆に暮れてばかりもいられないことが家族を襲う。社会の反応を点描することで、家族の悲しみが一層深く印象付けられる。例えばマスコミの家族への容赦ない取材攻勢、何とか他社を出し抜いて記事にしたい。また殺人鬼を神戸連続殺傷事件の犯人 酒鬼薔薇聖斗をモデルにしていることから、彼の学校責任者の対応を描く。それは予想できない事件であり学校側も どうすることも出来ないといった責任逃れの発言。社会という常識の中でしか対応できない もどかしさ。

家族はアオイを喪った悲しみだけではなく、常識という名の理不尽さに心が疲弊していく。両親の耐える姿、一方 兄の犯人を絶対許さないという激情が、本人を荒ぶらせていく。犯罪被害者の悲しみ苦しみは想像できないが、その思いを象徴的に描いているのが兄の姿。理屈ではない感情が迸っている。さらに母が乳癌になり生きる気力が といった事情を描くことによってアオイの最期まで生きようとした姿に繋ぎ重ねる。物語では家族に寄り添って という役割を警察(刑事)に担わせている。勿論 刑事面だけで民事面の被害者救済は描かれていない。

重く苦しい内容だが、ダンスや歌を挿入し魅せる演出で和ませる。また亡くなったアオイを追憶として登場させることで、家族の心の中で生きているといった救い。アオイは居なかったわけではなく、確かに10年間生きた。その証がラストの映像に凝縮されている。見事な余韻付けである。
次回公演も楽しみにしております。
迷光、あるいは、残照。

迷光、あるいは、残照。

風雷紡

小劇場 楽園(東京都)

2026/02/11 (水) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
心地良い緊張と緊迫感に溢れたサスペンス劇。説明にある「児童誘拐容疑で逮捕された箒木美津子、警察から精神鑑定を依頼される若き精神科医速水ひかる」を中心に物語は展開するが、登場する1人ひとりにも何らかの苦悩や葛藤を背負わせることによって解離性同一性障害という特殊性を浮き彫りにする。彼女の中で源氏物語に登場する姫達の立ち位置や性格などを多重人格の様相に重ね、照明と音響を巧みに使って人格変化を表す。

少しネタバレするが、事件を始め人々の背景にある心の深淵、その伏線をすべて明解に回収するのではなく余白というか余韻に浸らせるような紡ぎ方が好い。すべてが解明しきれるわけではない心の病、どうして解離性同一性障害を発症することになったのか という原因や過程をサスペンスとして観せつつ、根底にはヒューマンドラマが息衝いている。

劇場 楽園には中央に柱があり、それをどう使うかといった演出が試されるところだが、本作では 過去の記憶や情愛を表しつつ、現在の別空間を表現し表出させる妙。
(上演時間1時間55分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は国見総合病院の速水医師の診察室。丸絨毯に中央に丸テーブル、2組対になった椅子が4脚。奥のスタンド衣桁に白衣、その横に飾棚と小物。中央の柱には多くのアルバム写真が飾られている。柱を境に過去と現在が分かれているようだ。

都内で児童誘拐が頻発し 箒木美津子がその容疑者として浮かび上がる。警察から彼女の精神鑑定を依頼される若き精神科医速水ひかる。物語は解離性同一性障害に表れる人格を源氏物語の姫達に、そして精神科医を光源氏に準えている。登場(声だけ)しないが病院の跡取り娘 葵と婚約している。 美津子は子供の頃、母に連れられてデパートの屋上にあるミニ遊園地で遊ぶのが好きだったが、或る日 母が美津子を道連れに飛び降り自殺をした。幸い美津子は母の上に落ち一命を取り留めた 悲しい過去がある。

美津子には2人の子(年子の男と女)がいたが、男の子は5歳の時に亡くなり、今は娘の秋子と2人暮らし。今 美津子の1人の人格が誘拐し、別の人格が迷子として戻す(届け出る)ことを繰り返していた。亡くなった息子への愛着、それを嫉妬した秋子。或る日 美津子が誘拐した男の子を…。警察は 秋子を逮捕しDNA鑑定(秋子の手首傷と男の子の爪の間にあった皮膚)をするが、肝心なことは黙秘していると…犯人か否か明らかにしていない。

一方、速水は若くして精神科医師として有名、しかしそれには訳があった。父は旧家の家柄で母は父亡き後、祖母から家を追い出された。自分が有名になることで母が訪ねて来てくれることを期待。また刑事の藤原匡は、仕事に没頭し妻 夕美子との団欒を後回しにしていた。事件が解決したら旅行でもしよう が口癖。しかし 夕美子は藤原の事件の件で風評被害に遭っており、それが原因で自殺していた。今の時代、個人情報なんてすぐ知られ、嘘と噂が拡散される。

公演は、人にはそれぞれ痛みや悲しみがあるが、それに立ち向かうために多重人格を作り出すか、人格崩壊しないよう耐えるか を登場人物に担わせている。人格統合の良し悪しではなく、どう生きていくかといったところに<光>を当てている。
次回公演も楽しみにしております。
ハッピーハードラック

ハッピーハードラック

sitcomLab

恵比寿・エコー劇場(東京都)

2026/02/11 (水) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
受付スタッフの言葉を借りれば「イベント」公演になり、そのハプニング要素も含め 自分的には予想外に楽しめた。

表面的には、説明にあるように カリスマアーティスト---T2の自宅のリビングで、彼を取り巻く様々な人たちが怒涛の勘違いやすれ違いで巻き起こるスラップスティック・コメディ。しかし その裏に隠された人間的な、それもアーティストらしい苦悩や葛藤を吐露する。そこに薬物疑惑の真相も絡んでくる。その表裏一体となった可笑しさ、人間臭さが公演の魅力を倍加させている。
(上演時間1時間30分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術…T2の自宅のリビング、全体がオフホワイトで明るい。中央に大きな応接セット、上手に段差が設えてありT2の寝室への扉。その壁には3本のエレキギター。下手奥には横長の藍色幕。いくつか使われない装飾(例えば 中央壁の絵画風のオブジェ等)もあるが、同時上演中の「幻のイントルーダー」で使うのかと想像したり…。シンプルな造作であるが、ドタバタというアクションスペースを確保するため。

「イベント」公演というのは、ユッコ役の日永麗サンが体調不良になり、作/演出の佐野瑞樹サンが台本を持ち代役を担う。自虐のように おっさんの姿のまま 野太い声で登場すると説明、その通りで登場するが 一応可愛らしくバブーシュカ風透かし編帽子を被っている。劇中ハプニングらしきこともあったようだが、それはそれで楽しめる。まさに演劇というライブ感の醍醐味。

T2は、世間的には カリスマアーティストと言われており、その天才性をパンクな表現で誤魔化している。日々 本心ではない仮の姿を演じることに疲れている。秘書はそんなT2の事情は知らず、薬が欲しいと言われ戸惑う。身近にいてT2のことを知っているようで実は知らない そこに人間ドラマとしての面白味がある。T2は痔に悩まされているが、そんな格好悪い(痔の薬が欲しい)コトは言えない。そんな時、筋者らしき2人が T2に頼まれて<白い粉>の薬を持ってきたことから起きる勘違いや すれ違い騒動。薬物疑惑によってカリスマ性(虚勢)を見せている。

終盤、建前(虚像)と本音(実像)のギャップに悩み苦しんでいることを吐露する。嘘だらけの生き方、しかし秘書は 音楽は本当に素晴らしい それ(才能)は嘘ではないと。それまでスラップスティック・コメディとして笑わせてきただけに、T2の告白は涙を誘う。公演としての笑いと泣きという表裏は、人間の建前と本音とを巧みに表出する。多くの登場人物は個性豊かなキャラクターによって笑いを誘い、T2ひとりによって涙を誘う。そこに人間が持つ複雑な感情を観るようだ。
次回公演も楽しみにしております。
少年少女

少年少女

あわぷれ

新宿眼科画廊(東京都)

2026/02/06 (金) ~ 2026/02/10 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
ありそうな情況の中でフッと陥る人間の寂しさ 孤独、それを笑いを交えて描いた珠玉作。
あわぷれ の旗揚げ公演(作品)であるが、先日の「若手演出家コンクール2025」の最終候補作(優秀賞受賞者)の1つで、前後しての上演になっている。

上演時間が短く、ワンシチュエーションにも関わらず 男女2人の面白おかしい会話の中に強烈な癒しを感じる。少しネタバレするが、冒頭 女がスマホを打ちながら独り言を言う、それによって瞬時に情況が解る。そして説明にある宅配業者の男との奇妙な触れ合い?が見所。
(上演時間30分)

ネタバレBOX

舞台は3面客席。会場入口と反対側、壁側面に沿って2列。壁側客席から見るとベット、ソファとミニテーブルが置かれ、服やゴミが散らかり雑然としている。その乱れが 女の心を表しているよう。

暗がりの中、スマホの液晶光だけで女の顔が浮き上がる。30歳 ニート 処女 (パチンコ)ギャンブル好き 借金300万、そして母一人…ずっと母一人だったがその母が昨日亡くなった。女がブツブツ物悲しい独り言を言っている。そこへ宅配業者(男)がやってくる。女の首に太い輪ゴムが巻き付いている。自殺しようとしたが 輪ゴムが足りなくアマゾンで購入(936円)した。この状況を男に話 代金を払ったが、男はとっさに1円を隠し935円しかないと言い掛かりをつける。

女にもう金が無く、男に(金を)負けろ とか1円を貸せと迫るが…。女の繰り言に対し 男も3か月前迄は引き籠り それも17年間。もちろん童貞。どちらが不幸なのか競い合っているような可笑しみ。男は突然 女を飲みに誘う。あなたは「タイプなんです」。そして女の顔をビンタする。女の痛いという言葉に反応して、「痛い」と思うのは生きたい証だという。ほんとうに死にたいのか自分に向き合うように言い、それを宿題とし1円の支払いを猶予した。

1人の女が自分のことを話しているだけ、それなのに一気に引き込まれてしまう面白さ。孤独な空間に放たれる言葉は同情を誘わず、むしろ傷だらけになっても何とかなる。そんな開き直りを温かい眼差しを持って描いている。この作品は魂を救済する。ラストの余韻が見事!
次回公演を楽しみにしております。
闇の六重奏 Dark Sextet

闇の六重奏 Dark Sextet

✴︎ソライロハナビ✴︎

Paperback Studio(東京都)

2026/01/30 (金) ~ 2026/02/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
観応え十分の公演の魅力をどう表現するか、自分の語彙力の無さが悔しい。表層的には説明にある通りだが、前提となる物語性がいくつも重なり、議論が行ったり来たりするが少しずつズレていく。まるで螺旋階段のようにクルクル回りながら上る又は下るが、微妙に見え方 聞こえ方が違う。その歪で軋んだところに面白味がある。敢えて物語性としたが、それは 物語を積み重ねることによって 別の物語を描こうとしているように思えたため。それにしても「不協和音の室内重奏楽」とは上手い謳い文句だ。
(上演時間1時間25分)

ネタバレBOX

舞台美術は 客席に向かってオフホワイトの椅子が6脚 半円を描くように置かれている。後ろの壁もオフホワイト。登場するキャストはデザインこそ違うが皆 黒基調の衣裳で統一。奥壁の前に横並びすると まるで鯨幕のよう。

説明にある「亡くした子供に再び会うための具体的な方法を検討すること」は グリーフケアを指しているが、冒頭 読書会又は戯曲の読み合わせのような始まり方。物語の重なりのように感じるのは、箪笥の引き出しがいくつもあって それごとに物語を持っているよう。議論が対立しているようだが、少し視点もしくは発想を変えてみると違った光景(思考)になる。万華鏡を覗いて 少し手元を動かすと次々と違うようなもの。

説明の「議論の目的は・・・超常的な力を用いて」という手段の方に重きが移っていく。例えば 劇中にある宅配便(荷物は手錠)、相手に届けることによって完結するが、置配便は手交できる相手がいても指定の場所に置いてくる。目的よりも手段が大切になっている。自ら手錠をかけ非正常を表す。コールドスリープ、降霊術、超能力、タイムスリップの実現可能性…それは亡くした子供に再び会うための手段の優位性を議論している。その議論は専門的で少し難しいが興味深い。

いつの間にか グリーフケアが「現実」のことなのか、劇という「虚構」のことか判然としなくなる。また物語よりは そこに登場する人物が重要だという。現実であれば人物が大切で、その歩みこそ人生という物語になる。しかし 舞台であれば物語の中で初めて登場人物の名前や役割が決まる。議論は条理と不条理、倫理と狂気をまたいでいるが、その前提となる世界はどこにあるのか。役者陣の圧倒的な演技力に飲み込まれて、混沌とした世界観に誘われるようだ。

今日取り上げる戯曲 作者はシェークスピア、そして「マクベス」。物語はこの台詞から始まり 終わる。「マクベスに子供がいない?」ことがグリーフケアに繋がってくるようだ。
役者陣の演技力は勿論、照明の諧調によって明暗を そして壁に映像 ノイズといった不気味で不安を想起させる演出が巧い。
次回公演も楽しみにしております。
菊五郎と天狗の冬

菊五郎と天狗の冬

劇団 枕返し

OFF OFFシアター(東京都)

2026/01/30 (金) ~ 2026/02/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

生き別れた母を探す少年と、不良中年男との一冬の旅と交流を描いたロードムービー的な物語。

題名と設定から自分が思っていた映画に準えているが、どうして天狗に育てられることになったのかが カギ。劇団のコンセプト「真面目にふざける、必ず妖怪が登場する、なぜか漂う昭和感」の通り、今回の妖怪は「天狗」だが、それ以外の「存在」が重要。また物語は 古き良き時代を思わせるような郷愁に溢れている。ちなみに下北沢では「第94回 下北沢天狗まつり」が開催されている。

緩い演出と演技だが、不思議と物語を引っ張る力は強く、心に響いてくる。小道具などは 学芸会かと思ってしまうものだが、笑いの中にしっかりと情景を表出する巧さ。なにしろ9歳の少年という設定にも関わらず、中年男より体格がデカい。それでも いつの間にか少年と大人の間柄に見えてくる。
冒頭の緞帳代わりの幕開けを始め、小道具の乱れが(悪)目に付き勿体ない。少し辛口の★3
(上演時間1時間30分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は 段差があるだけの素舞台。
準えた映画は「菊次郎の夏」(北野武 監督)で、それに伝承「雪女」の後日談を組み合わせた異界作のよう。競馬(映画は競艇だったような?)やヒッチハイク等のエピソードは準えているが、母親が子供と別れた理由はべつ。劇団の謳いである〈人間と妖怪を共存〉させたオリジナル作。

物語は、赤ん坊を抱いた女から別の女が子を取り上げ、天狗に渡す(預ける)ところから始まる。後々わかるが子を奪ったのは、祖母にあたる。母は雪女でその母である祖母も同じ。雪女の産んだ子が 女の子であれば(雪女として)育てられるが、男の子(人間)の場合は殺(凍死)してしまう。そんな悲しい定めから泣く泣く我が子を手放した。今 母は女の子を生んで幸せに暮らしており、その姿を見て冬彦は諦めがついた。

ちょっと可笑しくて 切ない旅、そこに天狗の下にいる兄弟のような子供が絡んでユーモアとサプライズに満ちたロードムービになっている。天狗の下で修業し神通力を身に付けようとしているが…。人の心が読める、色々な音(声)が聞き分けられる等 6つの神通力があるらしい。その片鱗が寄り道だらけの旅を助ける。冬彦だけの旅ではなく、仲間との絆を深める機会にもなっている。冬彦の孤独感や菊五郎の温かさを 優しさ溢れる眼差しで紡ぎ、笑いと涙を誘う爽やかな感動作に仕上げている。また菊五郎は、介護施設に自分を捨てた母の様子を見に行くが…その親子の情が彼の成長譚にもなっている。冬彦、菊五郎ともに大人(母)の事情によって捨てられたが、それでも力強く生きていこうとする。

布を張り合わせた緞帳代わりの幕(中央に墨痕で「枕返し」と書かれている)が開き切らず、冒頭のシーンが観えない。また錫杖の先頭(遊輪)部分が抜け落ちる、競馬の番号札(ゼッケン)が落ちるなど小道具の乱れが散見されたのが惜しい。
次回公演も楽しみにしております。
野良イス物語

野良イス物語

FREE(S)

ウッディシアター中目黒(東京都)

2026/01/28 (水) ~ 2026/02/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

椅子を通して人の思いを知る そんな不思議な内容。舞台は 雰囲気のある骨董店、店主ハナの孫ミナトは両親の死のショックで不登校。「いつも聞いてくれてありがとう」…彼女の再生を優しく見守る人々の心温まる物語。椅子職人の拘りと会社(工房)のビジネスがぶつかり合うシーンが母と娘を繋げる肝。まさに展示なのか陳列なのか。

なお、気になったことが…。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、いくつかのステンドグラスのゴシック装飾窓、中央には後々スクリーン代わりになるパネル壁、下手にはカウンターや飾棚、中央にはテーブルと丸椅子。主に上手側にマッサージチェア、長椅子、折畳椅子等 いろいろな形状の椅子が置かれている。骨董店の雰囲気を漂わせている。
会場入り口側が 骨董店の出入り口になっており、更にその横奥に別空間を作り込む。

個人的に見所は2つ。
まず、椅子制作の拘りは、長く座っていても疲れない そんな座る人のことを考えたもの。一方、商品として販売するためには量産体制に合わせた製作が必要。椅子は過去の思い出に浸るモノではなく、また戻ってきて座る そんな 人に寄り添った描き方である。ここに骨董店にした意味がある。娘(ミナト)と母の想い、量産された椅子や商品(歴史・芸術的)価値だけではなく 人それぞれに思い出のある椅子が置かれている。勿論 ここにある椅子も いずれ新たな買主が現れ 新たな歴史(記憶)を刻むのかも知れないが…。

もう1つ、オンラインゲームという現代的な繋がりを見せつつ、実際会って相手の顔なり様子を見ることの大切さ。日常 SNS等の不確かな情報を摂取し、その集積に翻弄されアイデンティティ・クライシスに陥ることがある。自我は幻想になり空虚な感情を抱いたとき 孤独を感じるのではないか。物語では頻繁に先生を始め友人が店に来て ミナトを気遣う、そんな見守りに心温まる。

気になっていた2つ、両親の死に方(原因:交通事故)と母が友人へ宛てた手紙の内容が最後に明かされる。それもエンドロール後というのは、余韻付けのような演出を狙ったのかも知れないが、ちょっと中途半端な仕掛けになったようで惜しい。
次回公演も楽しみにしております。
坊や、花火だ。逃げろ、空が落ちてくる

坊や、花火だ。逃げろ、空が落ちてくる

ルスバンズ

シアター風姿花伝(東京都)

2026/01/22 (木) ~ 2026/02/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
4幕もの だが途中で休憩を挟まない。3幕目までは同時期であり4幕目でその後を描くという展開で 少し時間軸をずらしている。少しネタバレするが街灯もなく買い物も車がないと不便な村が舞台。まだ何者にもなれていない者が、何とか世に認められるような人物になりたいと…。一方 東京である程度有名になった人、しかし その人にも内心忸怩たる思いをしていること、そんな夫々の苦悩や葛藤を描いた群像劇。チェーホフの「かもめ」を本歌取りしているようだが、現代日本の不寛容な状況の中で もがく人々を広田淳一氏がオリジナル作品として冷静に描いている。

現代社会は他人と比較し、自己実現や成功に向かって走り続けなければならないというプレッシャーを感じることが多い。この気持に苦しみながらも、どうにか前に進みたいと思う。しかし「何者にもなれない」という感情は、ただの劣等感や不安ではなく、人生の方向性の再考を促すもの。3幕目まではその社会的な要因、心理的な要因の背景となっていることを描く。3幕までの個々の話と4幕の その後を観ると、チャップリンの「人生はクローズアップで見れば悲劇だがロングショットで見れば喜劇だ」という言葉を思い出す。
(上演時間2時間10分 休憩なし) 追記予定

土砂降りの太陽

土砂降りの太陽

24/7lavo

RAFT(東京都)

2026/01/23 (金) ~ 2026/01/26 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
工事現場の休憩室で交わされる緊張と緊迫した会話劇。いくつもの正しさが対立するが、それは誰の 何のためなのかを考えさせる。少しネタバレするが、熱い意見を戦わせるが 全て納得ずくと言うわけではない。どうしてそういう結末(結論)に至ったか説明し切っていない。その空白とも言える 正しさを観客に委ねたようだ。その問い掛けこそが妙。

対立するのはトンネル工事に関わることだが、それを日常の身近なこと---ゴミの分別を端緒にしているところが面白い。公共事業ということもあり 自治体(地域住民)や個人の思惑、科学的根拠と心情的嫌悪等、色々な問題が絡み合い どういう結末になるのか興味を持たせる。登場人物は6人、しかし その後ろには大勢の人々がいる。その人たちの喧々諤々とした意見を、それぞれが代弁しているかのような説得力がある。

音響・音楽や照明といった舞台技術はなく、まさに骨太な会話の応酬。見応え十分。
(上演時間1時間25分)

ネタバレBOX

舞台美術は、長テーブルに丸椅子がいくつか。隅にコーヒー等の飲物がある置台とその横に分別ゴミ袋。シンプルにすることで会話劇を引き立たせる。

物語は、県議会議員が父で 28歳で現場監督になっている吉田(平井泰成サン)とベテラン作業員 東(金 成均サン)の労働環境に関する議論から始まる。吉田は予算(金)と納期(時)を前提に作業指示を出し、東は安全と健康を守ることを主張する。登場しないが火薬責任者の近衛が肺を患い入院した。夫々の立場で譲れない建前と本音がぶつかり合う。それを新入りダンプカー運転手 小日山(今井未定サン)に状況を説明するといった形で描く。

この現場で猫を飼いだしたが、その顔が2つ 厳密には腫瘍が大きくなり顔が2つに見えるよう。そんな時、発破した影響で湧水という事故が起き、近くにウラン鉱床らしきものが発見される。その真偽が確認されないまま、今迄通り残土を廃棄しに行ったが…。その地が作業員 羽生(秋山拓海サン)の実家がある土地。ウラン鉱床であれば放射能汚染は必至で 猫の奇形という伏線、残土廃棄の意義を言い出した羽生。科学的基準値以下だとしても汚染という心理的嫌悪感は払拭できない。実際残土をどうするか 実家以外の土地なら構わない というエゴが透けて観える。

さらに、近衛に代わって火薬責任者になった重光(風見玄サン)とゼネコンから派遣されている布施(佐神寿歩サン)が付き合っており、妊娠していることが発覚。産むか否かといった判断が迫られている。トンネル工事という公共事業、完成すれば渋滞は解消され地域住民には喜ばれる。しかも莫大な費用を投じており 今更中止には出来ない。しかし現場は作業員の生死は勿論、生まれてくる子供への悪影響が懸念されている。謳い文句にある「安全・理想・工期・未来・環境・矜持---いくつもの正しさに静かな対立が積み重なる」がしっかり描かれており、誰のどの主張も納得と共感ができる。ここで暗転後、場転換する。

トンネルの発破掘削は続けられ、向こうに微かな光が見える。劇中、東が苦しいトンネル工事の中で2回だけ喜びがあると。1つは県境を越えた時、もう1つは貫通し光が見えた時と語っている。あれだけ喧々諤々と議論したが、ラストは結論ありきで終わる。暗転以降の空白とも言える議論の過程は観客に委ねている。この考えさせる という投げ掛けは、トンネル工事というリアルな現場劇であるが、演劇という虚構の中で紡がれている。観客は 鑑賞眼が求められ、池田智哉(演出家)さんがそこを理解して舞台を創ったのだろう。自分の頭で補うという楽しみが残されたようで、その意味で充実した公演だ。
次回公演も楽しみにしております。
はなたば。

はなたば。

インプロカンパニーPlatform

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2026/01/23 (金) ~ 2026/01/25 (日)公演終了

実演鑑賞

インプロということで、その即興の違いを楽しむため初日と千穐楽の2回観劇した。物語のフレームワークは、チラシにあるように「電車で旅する女がさまざまな乗客との出会いと別れ 『しゅうちゃく』駅を目指す物語」。台本2割インプロ8割ハイブリット演劇という謳い文句だが、肝心の会話が洗練されていないため、心に響いてこない のがもどかしい。

紙が椅子の上に置かれ 上演迄に 「好きな言葉」等を書き込んでスタッフに渡す。キャストにとって、それが切符代わりであり観客からの「お題」になる。乗客はタイトルにちなんで皆 花の名前、電車内で会話を交わし 降車駅で1人また1人と別れていく。別れを惜しむかのように 全員が一旦駅に降り停車時間(2分)に別れる人の即興劇を観る。電車の旅という 人生に準えた枠組みは良かったが、とりとめのない会話に終始。もう少し味わい深い(演劇的な)内容を観たかった。今回はお試し版といったところか。
(上演時間45分)追記予定

聖母像の見た夢

聖母像の見た夢

劇団B♭

座・高円寺2(東京都)

2026/01/22 (木) ~ 2026/01/24 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

人の生きる拠り所のような場所、それを2つの時を隔てて紡いだ物語。1つは明和9年2月29日に起きた江戸の大火、もう1つは昭和20年8月9日に投下された原爆、何方もその出来事を忘れないために遺しておきたい象徴的なもの。その在り様を硬軟取り混ぜて描く。重たい内容であることから、敢えて笑わせることによって観せる工夫をしたのであろうか。

物語は2つの時代を交互に描き 交わることはなく、ラストになって ようやく(輪廻)転生を思わせる奇跡のような繋がり。先に記した江戸の大火で焼け残った一本の銀杏の木と原爆で焼け残った浦上天主堂の遺壁(悲しみの聖母像)の存否への思いが肝。銀杏の木は、大火によって新芽が出ないため奉行所が伐採すると決めた にも関わらず残り、東京大空襲を経て今もある。一方、浦上天主堂の遺壁は市議会で保存が可決されていた にも関わらず、取り壊された。その違いは何か を問うているよう。伐採や破壊をすれば 二度と戻らない、そのことをしっかり認識しておくことが大切。

当日パンフに「第二回にして、役者の平均年齢が半分以下になった・・・役者が若返ったのではなく若い人が増えただけ」とあるが、それだけに演技力に差が観えたのが惜しい。これは場数の問題でもあるから劇団としての伸び代。ちなみに若手は「劇団綺畸」(⇦如月小春らが結成した劇団)から出演している。
(上演時間2時間10分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は中央に山(三角オブジェ)を模し、その後ろの上手/下手に等間隔に木平板が立っている。ほぼシンメトリーだが、下手の上にステンドグラスの窓があるのが唯一の違い。山と記したが、劇中では主に江戸時代の火消し<纏>が屋根に上っている様子。また 木平板は卒塔婆を連想した。舞台セットは作り込んでいないが、それは2つの時代を交互に描くため場景(情景)を固定させないためだろう。

物語は、江戸の町火消(を)組の纏持 七五郎が或る火事で屋根から落ちて、高い所が怖くなって火事場で冷静な判断が出来なくなった。周りは皆 知っているが、本人はどうしてもそれを明かすことが出来ない。を組の娘(養女) 安寿と結婚したが、彼女は幼い頃 母を火事で亡くし、銀杏が母の代わりとなって彼女を守ってくれた。それが浅草寺の御神木。纏持として安寿の心の支えになりたいと…。

一方、長崎への原爆投下によって街は壊滅し死者が、そんな中 七瀬は幼い娘から母が火傷で水を欲しがっている旨懇願される。しかし どうすることも出来ずその場を立ち去った。そのことを悔い苦しみ 修道院の懺悔する。聞いていたシスター杏珠は記憶の底から或ることを想い出す。この場面が涙を誘う。一刻も早く 焼失した浦上天主堂の跡地に新たな天主堂を建設したい。そのためには「悲しみの聖母像」を壊さなければ…。

それぞれの話が交互に描かれ交わらない。その観せ方は、重いテーマでありながら 敢えて笑いを挿入し気が滅入らないよう工夫している。漢字は違うが、江戸時代の火消し夫婦は七五郎と安寿、昭和時代は七瀬とシスター杏珠、時代を超えて2組が輪廻再生し想いを果たす奇跡のような物語。残したい想い、それは戦禍を忘れないという”象徴”となる「悲しみの聖母像」ではなかったのか。なぜ移設出来なかったのか、そんなことを考えさせる好公演。
次回公演も楽しみにしております。

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