タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』

優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』

優しい劇団

吉祥寺シアター(東京都)

2026/05/10 (日) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

前日の「夕焼け色のダイダラボッチ」が過去と現在を描いているとすれば、本作「もっと愛してくれよ節」は未来を描いている。優しい劇団 初の時代劇と謳っているが、登場人物の名前や衣裳がそれらしいだけで、あまり時代劇(情緒)という雰囲気はない。むしろ 劇団の特長でもあるスピードとパワフルさを活かして力強く紡ぐ。物語は、2人ずつ9組(それに瓦売りのばんちゃんと戯作者を加えた全20名)がそれぞれの愛を語らうという形で展開していく。

冒頭、出演者がそれぞれ「たまや(玉屋)~」と叫び 上(空)を見上げる。なぜ夜空に輝く星々があるのに、一瞬で消えてしまう花火を打ち上げるのか。それが地球(平賀源内が登場するから江戸時代のようだが、あまり時代は関係ない)のみならず宇宙という壮大な世界と結び繋がっていく。星は 遥か昔の光が 今地球で輝いて見える。花火だって 今は一瞬で消えるが、何十年、何百年もっと先の時代で一瞬の輝きが見えるかも…。愛だってその時代に結ばれなくても、遠い将来にまた出会い愛するかもしれない。

前作同様「出演者の顔合わせから本番まで、出会いと別れを一日で行う「大恋愛」シリーズ」、その謳い文句のような言葉「たった一日しか会えないあなたを想って書いた 愛の言葉の弾丸が心臓を撃ち抜く‼」。舞台構成と演技の観(魅)せ方は、基本的に同じだが、設定(時代)と役者陣が違うと やはり全然違った雰囲気になる。役者の演技力や魅力を十二分に引き出す演出はみごと。自分は本作のほうが好み。
(上演時間1時間30分 休憩なし)追記予定

優しい劇団の大恋愛 Volume10『夕焼け色のダイダラボッチ』

優しい劇団の大恋愛 Volume10『夕焼け色のダイダラボッチ』

優しい劇団

吉祥寺シアター(東京都)

2026/05/09 (土) ~ 2026/05/09 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

武蔵野演劇祭2026参加作品。優しい劇団公演は、2024年 高円寺K'sスタジオ本館で「歌っておくれよ、マウンテン」を観たのが初めて。上演スタイルは基本 舞台の建込みはせず、照明は持運び出来るキャンプ用のライト、音響/音楽も持運び出来るスピーカーで行う。今回の吉祥寺シアターでも同じだが、会場の広さが違うためキャスト陣の演技(動き)もダイナミックに観える。名古屋の劇団で 主宰(尾﨑優人 氏)が 事前に台本を送付し、役者は個々人で稽古をし、公演日朝に顔合わせ、稽古そして本番を迎え、当日のうちに撤収するという慌ただしさ。

物語は 覚えていないくらい久しぶりの同窓会、そこに集まった人々の回顧や郷愁、それを2人ずつ8組(それに花配りと合唱部長の2人を加えた全18名)の人間模様として紡ぐ。学校での出会いと別れ、それを 舞台という その日限りの出会い(役者は勿論、観客との一期一会)に準えているよう。この大恋愛シリーズは「演劇の持つ出会いと別れの成分を凝縮したその日限りの演劇作品」をしっかり体現している。

ちなみに同窓会は過去と現在で、未来はどうなるのか。ラストは、タイトル「夕焼け色のダイダラボッチ」に思いを込めているよう。夕焼け…昼と夜の境のわずかな時間、それを愛おしむようであり少し寂しい感じの中、人の影が伸び…。未来は予測不可能、その得体の知れない不安をダイダラボッチという巨人の影で象徴しているようだ。
(上演時間1時間30分 休憩なし)追記予定

朗読劇『もしも8才の子供が大統領になったら』

朗読劇『もしも8才の子供が大統領になったら』

スリービッツ

サンモールスタジオ(東京都)

2026/05/07 (木) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
朗読としての力、滑舌がよく発音もしっかりしているから聴きやすい。その明瞭さが物語を立ち上げ 面白さをしっかり伝えている。物語のようになったらいいな という願望が込められた公演のようでもある。話の魅力は、当日パンフにも書かれているが、「原作『こどもの大統領』が産声を上げてから、二十余年の歳月が流れました。しかし、この物語が内包するメッセージは色あせるどころか、混迷を極める現代において、より一層の輝きと新たな示唆を私たちに与えてくれます」と、この文に尽きる。まさに8才の子供と軍人や政治家の大人が対話する場面が肝。子供と大人の「議論」ではなく、子供の素朴な「疑問」が「戦争と平和」の在り方を浮き彫りにしていく。ラスト、8才の子供が どうして「この国の軍隊を全部無くしまーす」という発想になったのかが明らかになる。

少しネタバレするが、大統領になった男の子の母親が「人間の諍いが戦争を起こす」という。人は成長するにしたがい建前や柵(シガラミ)、そして欲望や思惑が…。なぜ軍隊が必要なのか、その公益は何かを大統領に説明するが、逆に 人を傷つけたいのか、復讐という負の連鎖が断ち切れない といった非情を思い知らされる。大人は理論武装をするため、往々にして小難しい論理や理屈を持ち出す。しかし子供の素朴で率直な疑問と意見は、問題の核心を突く。

物語の中で 隣国では、タチツトット国が軍隊を解散した真意を知りたく諜報活動(スパイが登場)をしているが、本心だから裏事情はつかめない。今国会では「国家情報局」に係る議論がされ、時代が追い付いてきたといった感じだ。まさに時宜を得た公演といえよう。なお、朗読劇であるが、照明や音響での効果付け、そして最後は出演者全員での合唱。物語の骨太なテーマを舞台技術で魅せるのも上手い。
(上演時間1時間5分)追記予定

「エイリアンは嘘をつかない」「Rは決して爪を噛まない」

「エイリアンは嘘をつかない」「Rは決して爪を噛まない」

かーんず企画

シアター711(東京都)

2026/05/02 (土) ~ 2026/05/06 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「エイリアンは嘘をつかない」観劇。
人の本音と建前、それをホントとウソに置き替えたら、関係性の中で滑稽に生きている人間の姿が浮かび上がってくる。表裏があるのが人間ならば、事実という表面 上っ面しか見ていない宇宙人は…。日常の空間に何気なく入ってくるSF的な話。自称 宇宙人、その存在を直ぐには信じられない人々、しかし不思議な出来事を見せつけられ といった物語。

BAR店内が舞台、常連客が知り合ったばかりの男(宇宙人ならば性別はないかも)を連れてきた。その男は自分は異星人だと言い出す。初めのうちは誰も信じなかったが、自分は時間を制御できるという。そのうち半信半疑になり、客たちは己の欲望を剝き出しにしていく。そこには本音もあれば建前もあり、複雑な人間模様が立ち上がる。

一方、異星人は そんな人間の醜悪さに嫌気がさすが、すべて金で願い事を請け負う。自分の星では、みな平等で貧富の差はなく平和に暮らしていると。地球は臭い というからには環境も優れているよう。異星人(エイリアン)はウソをつかないと言うが、なぜ文明や科学が発達した星から地球へ来たのか。それは 彼を追ってきた同じ星のエイリアンが説明する。地球人の心根の優しさに心打たれたかのようだが、実際 接してみると…。
(上演時間1時間10分)

ネタバレBOX

舞台美術は、上手奥にBARカウンターと椅子2脚、客席寄りに幾つかの箱馬があるだけ。この店は午後6時開店、その前に何度も訪ねてくる客、誰かを捜しているよう。

BARのママは高級酒瓶に安酒を入れる強かさ。常連客の大学院生は指導教授を伴って来店。媚びて大学講師への推薦を企んでいる。仕事熱心な女性客、その彼女と付き合いたい男の下心。その男が知り合ったばかりの人を連れてきた。また 後々わかるが教授の妻もいる。人間、何らかの欲望を抱いており本音と建前を使い分けて上手く世渡りしている。連れてこられた男、常連客に向かって 自分は宇宙人だと言い出したことから混乱した状況へ。

自星に比べれば地球の文明や科学は遅れている。自分は光を超える速さ、時間を制御出来るという。買い物も瞬時に行って帰ってくる。皆 半信半疑が 本当かもと信じだす。そして自分の欲望を剥き出しにする。ママは若返り往年の美貌を取り戻したい。大学院生は講師へ、そして異星人を連れてきた男は仕事熱心な女性と付き合えるようにと…。異星人曰く、いくら支払うのか といった金を要求する。異星人も地球人も欲の皮は突っ張ている。

冒頭、開店前に現れていた男は、異星人と同じ星から彼を捜しにやってきた。地球人は心根が優しい。例えば、沈没しそうな船 自分が残り女性を助ける。また隕石から地球を守るといった勇気ある行動を挙げる。常連客は一斉に 映画「タイタニック」「アルマゲドン」じゃないか と呆れる。どんなに文明や科学が発達しても、地球人の表面(虚像)しか見ていないといったオチ。同時に、異星人を通して 滑稽だがリアルな人間の生態が浮かび上がる。そして夢から醒めたように 何事もなかったかのように日常へ戻っていく。
とてもシュールな印象。次回公演も楽しみにしております。
劇的

劇的

ポッキリくれよんズ

浅草九劇(東京都)

2026/05/01 (金) ~ 2026/05/05 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
説明にある通り、吉村家の葬儀というノンフィクションをフィクションとして、劇中劇仕立てのように展開させる物語。公演の魅力は、葬儀に参列した人々の利害と思惑を緊密な関係と緊張した雰囲気の中で紡いでいくところ。しかも地方都市という設定から、その土地柄の特殊性を垣間見せ親族以外の者も親戚のように意見を述べる。遠くの親戚より近くの他人 を思い出す。さらに 葬儀の内容を 後々劇公演にしたいと目論む第三者(演出家)が、心情表現の深堀のため 親族への質問という形で物語を補足する。

事故のことを知るという来訪者、その者の出現によって葬儀の場だんだんと乱されていく。その者の真の狙いは何か、その思惑は達せられるのか といった不気味さに目が離せない。感情を押し殺し淡々と話す、それは葬儀の場に相応しいが、一方では不穏な様相を呈している。親族(いとこ)ということもあり名字が同じ、そのため名前で呼び合うので、関係性を把握するまで煩わしい。

舞台美術が秀逸で、柱だけで家(居間)の骨格を現し、隙間のある空間は親族の関係性そのものを表しているよう。そして後々の舞台公演として観せる構図にもなっている。ほとんどが この居間での濃密な会話で、次から次に知らなかった事実が明らかになる、その意味ではサスペンス劇といった要素も漂う。この居間の雰囲気とは対照的なのが、二階部を使った屋外の会話。気の置けないざっくばらんな話こそ本音のよう。この硬軟ある描き方にリアリティを感じる。
(上演時間1時間40分 休憩なし)追記予定

パズル2026

パズル2026

A.R.P

ウッディシアター中目黒(東京都)

2026/04/22 (水) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、千穐楽観劇。
物語は、いくつかの場面をピースとして はめ込むような展開で、まさしくタイトル「パズル」である。例えば、後方モニターに「権謀術数」「疑心暗鬼」等の文字が映され、そのイメージシーンがカット割りというか繋ぎ合わせのように描かれる。それぞれが独立して描かれるが、これがどう収斂されていくのか、実に巧い導入である。舞台セットや台詞から後々重要な関連が…そんな関心を抱かせる巧さ。

登場人物をパズルのピースと考えれば、誰が欠けても成り立たない。誰もが主役であり脇役、だからこそ立場や性格付けを最初からしっかり説明している。すぐ驚いて失神したり、思ったことは遠慮なく言ってしまう など人物の特徴が描かれる。物語はカット割りのような展開だが、体感的には一気に観(魅)せるといった面白さ可笑しさ。まさにコメディとしての醍醐味がしっかり味わえる笑作、いや秀作である。
(上演時間1時間35分) 

ネタバレBOX

舞台は 画廊喫茶店内。上手奥にカウンターと腰高スツール、中央に店奥への出入り口、下手と客席寄りに丸テーブルと椅子が3組。壁にはいろいろな絵画が飾られ、ほぼ中央にスクリーン代わりの絵。この配置や絵にも物語上 重要な意味がある。

物語は この喫茶店で二組の客が話している。一組は恋人同士、もう一組は夫婦。恋人同士の語らい、男が資金繰りに困り 女(銀行員)が援助しようとしている。実は男は結婚詐欺師。夫婦は 後々分かるが子供が心臓病で大金が必要。結婚詐欺師には鑑定を仕事にしている彼女がおり 真剣に結婚を考えている。騙されている女の元夫は刑事(主任)で、結婚詐欺師を追っている。金の受け渡し、その現行犯として逮捕を…。一方 yu-tyu-baとして面白企画を考えているメンバーも喫茶店におり、それぞれの思惑が思わぬ方向で絡み合う。

店のマスター、従業員とその友達(臨時店員)などが接客を通して人間観察をするような言動と行動。内緒にしていること、特長・得意など 面白可笑しいネタを仕込み、次々に回収していく。例えば、臨時店員は空手の達人(黒帯)といったことを何気なく説明していたが、結婚詐欺師が逃走しようと店内を出たとたん、ヨロヨロと戻ってきた。買い物に出かけていた臨時店員が襲い掛かってきたと勘違いし正拳突きをしたと。一瞬なんでと思ったが、彼女の姿を見て合点。細かいところにも工夫を凝らす。

観客を飽きさせない、非現実(虚構)と解っていても物語の中へ引き込まれる没入感。その心地良さが この公演の魅力。次回公演も楽しみにしております。
リバースデイ騎士

リバースデイ騎士

無頼組合

オメガ東京(東京都)

2026/04/23 (木) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
人気の「騎士(ナイト」)シリーズの番外続編公演として復活。このシリーズは、架空の都市(サウスベイシティ)を疾走するような早いテンポで進む。そこには鋭い社会性、それに挑む愛すべきキャラクターが生き活きと活躍し娯楽性に富んでおり、多くのファンを魅了してきた。6年ぶりの公演だが、その面白さは健在で観客を飽きさせない。
(上演時間1時間55分)

ネタバレBOX

この都市は 殺伐・退廃したイメージを持たせているが、一方 その佇まいのようなものはスタイリッシュ、洗練されているという感じもある。そんな混沌とした街で探偵業を営んでいる。

舞台はほぼ素舞台。シーンによって 探偵事務所の机やBarのソファなど簡易な調度品を運び込み場面を分かり易く作る。全体が走り回るようなアクションシーンであることから、ある程度のスペースを確保しておく必要がある。その情景・状況は役者の演技で体現しており、緩急ある動きは思索とアクションというメリハリを表している。

冒頭 風吹淳平(シラカワ タカシサン)が別の場所(あの世)からサウスベイシティを俯瞰しているところから始まる。今 リバース探偵社所長は柊ジロー(シラカワ サン二役)、淳平と同様 非合法な仕事以外は何でも引き受ける。話の展開は次元や時間を越えることなく、”今”という時の中で描かれる。それだけに分かり易いし ストーリーに集中できる。騎士シリーズファイナルで 大切な人と場所を失う悲しさ、それでも鶴田紅(小川直美サン=元風吹探偵事務所所長)は 淳平から「死にたくなるような孤独を乗り越えて生きていけ!」と励まされていた。その応援歌のようなセリフが心に響たものだ。その紅が 弟のような五代銀次(滝沢 信サン)と一緒にリバース探偵事務所に雇われて 今作の事件に関わっていく。上手く引き継ぎ 繋げている。

リバース探偵社に持ち込まれる、又は巻き込まれる事件をサスペンス/アクションとして観(魅)せていく。今回は この街を裏から支配している組織との対決。暴くための証拠は「黒革の手帖」にある。松本清張の同名小説を思わせるようだが、公演はピカレスクではなく、ヒューマンドラマとして展開する。黒幕は意外な人物であるが、その心情は自身の過去も含め 人材のサルベージに資するもの。コロナ禍を経て、6年ぶりの復活公演。演劇だけではなく多くの文化活動に影響が出た感染症、その逆境からの脱出が本公演のよう。リバース探偵社は、立ちはだかる奇妙な価値観や規範に抗い、時代の波に揉まれながらも活躍していきそう。
次回公演も楽しみにしております。
おにぎり

おにぎり

Antikame?

雑遊(東京都)

2026/04/22 (水) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

【こんぶ】観劇、面白い。
新旧2作品×3公演 すべて観たが、その印象は 時々の時代背景を映しながら、人間を見つめ寄り添った優しい眼差しを描いているようだ。脚本の芯が おにぎりの具材だとすれば、その握り加減は演出であり役者の演技ではなかろうか。固く握ればシリアス調、緩く握ればコメディ調、そんな単純ではないだろうが…。勿論 その時 観る客の心境や状況によって印象が違うだろう。そう感じるのは、【おかか】で観た「背中を向ける」は、別公演で観たことがあるから。

さて、今作の「うらなえないし」と「わたし、笑える」は都会暮らしの女性の淋しさ侘しさが じわっと伝わってくる。

「うらなえないし」は、占い師(男)と客(女)の二人芝居。薄暗い中に「占い」と書かれた行灯が灯る。2人はミニ椅子に座り向き合っている。シンプルな舞台セットといい、何となく別役 実の舞台世界のような雰囲気だが、けっして不条理ではなく 仄々とした温かい空気が流れるよう。雨が降り出した地べたに 女性が突っ伏すように寝転び はしゃぎ出す。まるで青春映画のワンシーンを見るようだ。

「わたし、笑える」は、当日配付したペーパーに「Antikame? でこのような演劇を扱うことは今後もないでしょう」とあり、幻の作品になってしまうのか?⇒それだったら惜しい。コロナ禍から急速に流行りだしたウーバーイーツ、人との接触を避け 利便性を求めた仕事だったと思う。今作では 人との出会いや縁がなく 繋がることが少ない独身女性の滑稽な思いをリアルに描いている。
(上演時間1時間10分) 

ネタバレBOX

●「うらなえないし」
宇都宮のギョーザ会社に勤めている素人占い師。週末だけ占い師をやっており、以前 占った女性の鑑定評判が良かったことから、その女性がまた来た。占い師はノート(占いKNOW-HOW本?)と女性の手相を見比べ悪戦苦闘、占い始めて3時間になろうとしていた。女は彼氏に振られ淋しくヤケにもなっている。会話の間(ま)と洒脱な台詞が実によい。

突然雨が降り出し、占い師は傘を差しだすが、女は地べたに突っ伏して転がる。青春映画などで雨の中で といった甘酸っぱいシーンを見たことがあるが、今作では戯れであり自暴自棄といった印象のシーン。小雨になり 女は男(占い師)を誘惑するような口ぶり。男に向かって結婚しているの? 男はしばらく無言…恋の駆け引きのようであるが、刹那的でもある。唐突に男は女をおんぶして歩き出すが、その行先は…。

●「わたし、笑える」
独身女性がウーバーイーツを利用して、配達員(男)とちょっとした会話を楽しむ。好みの男性が届けてくれるのを心待ちにする。大人の女性が少女のようなトキめき。舞台は女性の部屋に見立て、配達員は オートロックを解除してもらい、周り(廊下)を回って女性の部屋の前、そのシンプルな動作の中に ありふれた日常が垣間見える。独身女性の友達は呆れているが、淋しさを紛らわすには必要、その便利=割切感が現代的だ。また健気で切実さがリアルに映る。

当日配付ペーパーには「オーディションから起用した俳優さんに向けて、ヒトとの繋がり方の現代的な不気味さを描こうと」とある。人間関係の築き方は、(対面の)コミュニケーションが大切だと思うが、今はインターネット等を通じて非対面の交流も盛ん。コロナ禍が人との物理的な距離だけではなく、精神(心)的な隔たりも出来てしまったかのよう。その意味では不気味さ=無関心・不寛容といった疎外感が表れた物語。乾いた環境から潤いのある繋がりを求めて…。
次回公演も楽しみにしております。
おにぎり

おにぎり

Antikame?

雑遊(東京都)

2026/04/22 (水) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

【おかか】観劇、面白い。
ぼぼ素舞台、しかし作品によって異なる空間を演出する驚きと面白さ。「背中をむける」(2023) と「中間的、に於いて」(新作)は、その舞台となる場所(空間)と向き合う人の距離感が対照的、そして時代的なものが浮かび上がる。一周まわって主張する奥深さ!ーハザマと向き合う—とは何か?

少しネタバレするが、「背中をむける」は大学教授と教え子の濃密(蜜)な会話を通して危険な関係が漂い始める。そして その教え子の妹が教授に向かって…。「中間的、に於いて」は街中もしくは駅のホームという大勢の人が行き交うが皆無言。ただ歩き 初対面の待ち人を捜しているよう。敢えて比べるとすれば、教授の部屋という或る密室空間、一方 街の中という開放的空間が巧みに立ち上がる。
(上演時間1時間10分) 

ネタバレBOX

●「背中をむける」(2023年)
教授と教え子の ただならぬ関係を匂わす、そこに優越的な地位を利用したセクハラ問題があることは すぐ解る。しかし地位や立場を抜きにすれば、男と女、そして年齢の違いがあるだけ。2人の付かず離れずの言葉遊びのような会話が面白い。そして教え子の妹が現れ、教授を告発すると半ば脅しにかかる。教授と姉の熱い対話、一方 妹とは冷たい会話、同じ話し合いでも状況によって全然違う光景が見えてくる。

「Sign of the times」の公演で観た時と全然違った印象、それは姉妹の関係による。今回は姉妹という関係があまり感じられなく、それぞれの女優が姉と妹を演じているよう。同じ物語でも演出と演者が違うと また違った味わいになる、そこに演劇の一期一会といった醍醐味を感じた。

●「中間的、に於いて」(新作)
無言(劇)、それでもドラマは立ち上がる。音響によって街中の騒めきや駅ホームの放送案内が聞こえる。場所が重要なのではなく、そこに行き交う人々の(無)関係が絶妙に描かれていること。歩く人は誰かを探しているのか、待ち合わせているかのよう。スマホを手に持っており、人と繋がっているようで 実は孤独といった都会事情が透けて見えてくる。

当日配付のペーパーには「抽象的、実験的な演劇で、思索を促すもの」とある。演劇は必ずしも視覚だけではなく、聴覚(例えば朗読劇など)に訴える表現もある。その意味では無言劇という表現もあり得る。映画でいえばサイレントムービーで、そこで映さ(描か)れる物語は、奇妙・奇抜であっても楽しめる。自分の中では、きわめて現代的な しかも大都会といった光景がリアルに描かれていた と思う。今、街には声が溢れている、しかしお互いの声は届いているのだろうか?実にシュールだ。
次回「こんぶ」公演も楽しみにしております。
おにぎり

おにぎり

Antikame?

雑遊(東京都)

2026/04/22 (水) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

【うめ】観劇。
2作品に共通しているのは、印象的な光と音の中で立ち上がる独特な世界観。対話する相手、それは同時に内省しているようでもある。勿論 脚本は面白い、同時にその物語を体現する役者の演技(表現)力が必要、それが存分に味わえる公演。

舞台は 役者が脚本を咀嚼し、その物語を描き出す。観客は、孤独な板の上で 演じ伝える その姿に笑い泣きといった感情が揺さぶられる。本公演は滋味がギュと詰まった味わい深いもの。
旧作「となりの不可不」(2012) は、自分の存在感・価値観といった分かり易い内容、その意味では一般向け。新作「ことばを、かける」は1人芝居で、存在もしくは内省の確認といった見巧者向け といった印象。敢えて分ける必要はないが、どちらも不思議な感覚、まさに<不在と向き合う>に相応しい芝居。

舞台は対(二)面客席で、板の上には「となりの不可不」の時は椅子2脚、「ことばを、かける」は1脚だけ というシンプルなもの。「おにぎり」というシンプルな食べ物、その具材によって違った味わいになる といったタイトルそのものを表している公演。
(上演時間1時間15分)

ネタバレBOX

●「となりの不可不」(2012年)
さつき〈夢追い人〉、さなえ〈現実主義者〉は同居人。さつきは幽霊の彼が見え 会話をする。仕事を辞め、いつも幽霊相手に愛情の確認を求める。さなえ には、見えない相手にブツブツ独り言を言っている同居人を心配するが…。

将来より今が大切と言い切る さつき、一方 将来に備えて我慢して今の仕事や暮らしをしている。誰もが自分の好きな遣り甲斐のある仕事が出来るわけではない。むしろ仕方なくといった諦めの中で仕事をしていると現実を説く。

さつき も以前はキャリアを積んでいたが、彼が亡くなって初めて大事なことを知る。その取り戻せない時間、それを幽霊になった彼との語らいで癒しているよう。2人の会話を通して、とても分かりやすい人生観が描かれる。

●「ことばを、かける」(新作)
丸尾聡さんの一人芝居。当日配布のペーパーには、この話はアテ書きであり、その演技(表現)力あってのものだと。たしかに椅子の配置を変えながら、不思議な世界へ誘う。

それは存在と不在、またはコインの裏表のように当たり前にあるが交わらない不思議さ。それを人間(自分)の生/死に当てはめて考えてみる。1人の人間の生と死は併存しない、自分は今 生きている、いや 死んだのは自分なのか その判然としない不気味さが立ち上がる。

自分が死んだという仮定を通して、自分の存在を俯瞰してみる。その内省のようなものが垣間見える面白さ。
他の「おかか」「こんぶ」の公演も楽しみにしております。
春に思い出す、夏の君はもう遠く

春に思い出す、夏の君はもう遠く

劇団皇帝ケチャップ

シアター風姿花伝(東京都)

2026/04/15 (水) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

高校時代と それから12年後を交差して描いた歪な友情物語。いや友情と言えるか疑問であるが、共通の知り合いである男を巡ってマウントを取り合う。そのアプローチを現代的な問題と絡めて描き考えさせる。説明にある「2人は同じ芸能事務所『レインツリー』に所属し、コンビのように売り出されていた」という設定とその後が肝。少しネタバレするが、芸能界 しかも高校生のゴシップは…そんな えげつなさを垣間見せる。

スキャンダルを作り上げる、そういう状況を巧く捏造し相手を追い落とす。上っ面だけの薄っぺらい言葉の裏に、ドロドロとした陰湿な思いが込められている。しかし物語は女子高生という姦しさを前面に押し出すことで 和んだ雰囲気を漂わす。それがテンポよくといった印象になっている。場転によって時代を往還させ、高校生(18歳)と12年後の30歳前後の大人の女性を1役2人で巧みに紡いでいく。
(上演時間1時間55分 休憩なし)【夏】 

ネタバレBOX

舞台美術は、上手に横長テーブルと背凭れが高い椅子が数脚、下手は学校のスチール机と椅子が2セット。シンプルな装置だが、上手は12年後の編集室、下手は教室内で舞台変換なしで物語が展開できる。この切り替えのスムーズさが、観客の集中力を逸らせない。勿論、役者陣は時代に合った服装…セーラー服とスーツまたはカジュアルといった衣裳によって時代的な混乱はない。

物語は、同じ高校に通う由香里と美佳子は芸能事務所「レインツリー」に所属しコンビのように売り出されていた。才能や考え方さらには性格的な違いから、芸能界でやっていくスタンスが異なる。互いに相手を見下しマウントを取ろうとする。そんな2人が同じ男(カメラマン)を好きになり、ここでも相手を出し抜こうとする。由香里がカメラマンと或る場所で一緒のところを美佳子が写真に撮りSNSで流出。芸能スキャンダルとして、事務所は窮地へ。勿論 由香里の仕事は無くなり謹慎。でたらめ や誤解であっても 一度スキャンダルにまみれたら、そんな今風潮を描く。

恋愛や性欲にまつわるスキャンダルやハラスメントは、悪意があろうがなかろうがSNSやメディアに乗ってしまえば、「正義」を告発するエンターテイメント(興味本位)に消費されてしまう。さらにセカンドハラスメントなどは倫理感の埒外にある。その意味で相手の顔が見えない怖さ、世間という得体の知れない不気味さが浮き彫りになる。物語の設定を芸能界や高校生という年代にしている巧さ、それを12年後という、忘れたか否かといった微妙な時代間隔にしたところが妙。

2人から想われた男は 美佳子と結婚したが、カメラマンとしては再起できず妻に養われているよう(美佳子の償いか)。女性2人は辛苦に耐え今の地位と暮らしがある。由香里は高校時のスキャンダルがもとで清純派としては売れず端役でも何でも引き受けた。その経験を小説にして脚光を浴びるという強かさ。一方、美佳子は大学を卒業して編集者へ、今では編集長という肩書。2人にとって高校3年時に好きになった君は、もう遠い過去(干支が一回り)の人になってしまったかのよう。
次回公演も楽しみにしております。
季真〆組『好きなだけじゃダメですか?』

季真〆組『好きなだけじゃダメですか?』

グッドディスタンス

シアター711(東京都)

2026/04/10 (金) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め といっても実質1日の公演。観ることが出来てラッキーだった。しかも最前列中央という かぶりつき席。

公演は、制作上の都合により朗読劇へ変更、それでも面白いから動きのある演技が加わったらと少し惜しい気がした。物語は、今奈良孝行さんのト書きで始まる。向かい合った部屋に住む2⼈の⼥性がベランダで話している。1人は前から住んでいる住人 美鳥(みどり=池上季実子さん)、もう1人は最近引っ越してきたばかりの中年女性 辰乃(しの=本田真弓さん)。ベランダ越しに 美鳥は人懐っこく辰乃に話しかける。自己紹介をし合って すぐ、自分は占い師で何でも占ってあげる、お友達になったんだから格安(お友達価格)でね と…。

ここから始まる会話は辰乃の心情は勿論、結婚に関する時事問題を織り込み皮肉や批判が鏤められ、上辺だけの恋愛相談に収まらない。そして日替わりゲストの和泉元彌さんが辰乃の(元)カレとして登場してからは更に会話がヒートアップしていく。役者陣の朗読力が凄く、会話がどこに辿り着くのか、そんな漂流する展開に惹(引)き込まれる。熱演とは、この役者陣のためにある言葉かと。
(上演時間1時間20分) 

ネタバレBOX

舞台美術は、上手/下手にベランダを表すサークル、上手が辰乃(50歳)の部屋で白い洗濯物(白いタオル)が干されている。下手は美鳥(60歳)の部屋で植木鉢が並んでいる。中央は幕、後々 和泉元彌さんが引っ越してきてサークルが。ちなみに風が吹いて、辰乃のタオルで隠されていた紫色の下着 上下セットが見えてしまう。シンプルな舞台セットだが、物語の奥行きを見せる優れもの。

物語は、2人の自己紹介という形で年齢、職業や嗜好が早い段階で分かる。しかし結婚観は会話を通して少しずつ明らかになり、タイトル「すきなだけじゃダメですか?」に込めた思いが浮き彫りになっていく。「結婚」することのメリット・デメリットを比較検討することによって、今の女性の結婚観を鋭くしかもユーモアに描く。美鳥の占ってあげるは、いつの間にか辰乃の話を聞き 寄り添ったアドバイスをしている。初めに見料5千円受け取っているのに、この とぼけた<行為>が都会という殺伐さの中に<好意>として映る。同時に安部公房の「友達」を連想してしまう。お独り様の心に ずかずか侵入してくる厚かましさ。

辰乃は同級生と10年付き合っており、いまさら結婚する気にもならない。今まで通りの付き合い(好きなだけ)じゃダメなのか。婚姻届(紙)を提出するだけの形式的なもの。遺産もいらないし、名字が変わるのはイヤ(実は西園寺という)。夫婦別姓の議論はどうしたの といった時事を皮肉る。辰乃は結婚することで会社内での評判を気にする。独身主義と思われていたが、やっぱり結婚(安泰思考)なのね と。彼は仕事を辞め画家になると言っている、そして美鳥は彼が両親の介護を押し付ける といった憶測まで吹聴する。

辰乃は彼と別れたつもり、しかし彼はまだ付き合っていると主張。ゆえに(元)カレで、2人の女性が住んでいるマンションに引っ越してくる。正面奥の幕が開きサークル状のベランダが出現する、ト書きではコの字型と説明。美鳥曰く、辰乃は社内の評判を気にする、一方(元)カレは結婚することでステータスを…そこに共依存の構図が見えると言い出す。結婚とは何ぞやという命題を面白可笑しい会話で紡いだ珠玉作。
次回公演も楽しみにしております。
煙が目にしみる

煙が目にしみる

ジントサイン

インディペンデントシアターOji(東京都)

2026/04/15 (水) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

㊗ジントサイン produce vol.01。面白い。
物語は 説明にあるように、地方都市にある斎場の待合室が舞台。白装束の男二人、彼らはこれから火葬されようとしている死体の幽霊。これまでの人生に思いをはせているが、ボケ始めたおばあちゃんが故人の姿が見え、話が出来るという舞台ならではの奇跡が…。

何回か観たことがある作品。今作は、場面毎のメリハリを さらに強調することによって印象付けと余韻を残す。おばあちゃん曰く「この世の最期の友達、いや あの世の最初の友達が出来て」、全編ユーモアと情感に満ちた感動作。
(上演時間1時間30分 休憩なし) 【Aチーム】

ネタバレBOX

舞台美術は上手/下手に横長ソファとテーブルのセット。テーブルには灰皿があり幽霊が煙草を吸う。壁に桜の駅舎のカレンダーが貼られていたが、上演直後に剝がれるというアクシデント。天井には桜の枝。シンプルなセットだが 待合室としては十分。敢えての演出なのだろうか、音楽/音響や照明といった舞台技術は控えめ、ほとんど印象になく 自然な時間が流れるよう。

葬儀という悲しい現実、にも関わらず 随所に散りばめられたユーモア、溢れ出る家族愛。白装束の男二人(野々村浩介と北見栄治)の火葬が始まってから骨上げまでの1時間半をリアルタイムで描く。二人はこの世とあの世の間を さまよっているが、そんな二人の姿が見える浩介の母 桂の奇跡が…。骨上げと2人が吸うタバコの煙を重ねたような演出が妙。

二人は桜を眺めている。自分たちは あの世に旅立ち、家族などはこの世で見送る。その間には忘れたくない美しい光景が見えている。人はいつか死ぬ、その悲しみを抱えたまま生きていく。悲しみは少しずつ薄れていくかもしれないが、人が生き そして死んだのは事実。よく言われるのが 亡くなった人を忘れなければ、残された人々の心に生き続けると。当日パンフに演出の平良太宣氏が「本作では、死を乗り越えるのではなく、受け入れた上で前に進もうとする姿を描いた」と記している。その伝えたいことを観客の想像力を刺激し膨らませ、しっかり印象付ける上手さ。

野々村桂は最近ボケてきたという設定であるが、そんな素振りはなく元気いっぱいに場を仕切る。この桂の存在感をどのように描くかで「煙が目にしみる」という作品の出来栄えが違う。本作では老婆の桂役を花房青也 氏が演じており、矍鑠(かくしゃく)とした印象。最後 桂が参列者に浩介と栄治の思いを伝える場面、ここが泣き所である。生と死、過去と現在の境界を巡りながら、家族の温かさといった滋味を味わわせてくれる。これが実に巧い。
次回公演も楽しみにしております。
賢治の風

賢治の風

劇団演奏舞台

演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)

2026/04/10 (金) ~ 2026/04/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
演奏舞台らしく端正に丁寧に描いた公演。プログラムとしては、宮沢賢治の詩集(8編)の朗読と朗読(音楽)劇「どんぐりと山猫」という構成。光と影と言葉が融合した作品。朗読と朗読劇とでは敢えて演出というか発声を変えたのであろうか。素晴らしい ということを前提に、自分のちょっとした拘りが…観客の好みの問題である。
(上演時間1時間15分)

ネタバレBOX

舞台美術は、正面に白幕状の衝立と幾つかの丸椅子、天井には白紗幕。下手はいつも通りの演奏スペースで、今回はフルート演奏もある。役者は全員 黒衣裳で統一。演奏舞台は 音楽と照明が特長だが、今回は冒頭からプロジェクション マッピングを用い悠久/自然/宇宙といった 言葉では言い表し難いことを映像表現している。アトリエという小さな空間が壮大な世界へ、その表現方法・技術が巧い。

役者は、ドドド ドドドと言いながら登場するが、その時の後景 映像は幾何学的(宇宙空間のよう)で、そこにどのような意味を込めたのだろうか。宮沢賢治というと 農耕といったイメージ、そして作品群は自然や宇宙といったことを連想する。そう考えたとき、土 土 土であり自然を表現しているよう。宮沢賢治の世界観 そのイメージの膨らませ方も巧い。

役者は黒衣裳で統一し、性別や役割を固定化させない。朗読は発声が明瞭で聞き取りやすい。照明は上半身 というか顔だけ照らし、まるで光と影と言葉の世界にいるよう。顔の陰影が印象的だ。詩は「春と修羅(序)」「雨ニモマケズ」など四季、いや自然の在りようや恵みといった作品を読む。そして演奏舞台の新人2人による「永訣の朝」は、賢治と妹 トシ子の悲しい別れ、勿論「松の針」の中でも家族愛を歌っており情感たっぷり。

朗読劇は、詩の朗読の発声とは異なり、自由にのびのびとしていた 少なくとも自分はそう感じた。コミカルな動きもあり物語の面白さも伝わる。勿論、山猫の裁判のラストに表れるテーマ性も解り易い。一郎を演じた池田純美さんの演技に負うところが大きい。
詩の朗読でも感情を込めた読み方をしているが、一義的にはハッキリ明瞭な発声を意識しているようで、感情表現が窮屈に思えた。朗読劇に比べると自由度が…。
次回公演も楽しみにしております。
短編集 さよならバイバイ。また逢う日まで

短編集 さよならバイバイ。また逢う日まで

アクト計画(株式会社バランス企画)

アトリエ三軒茶屋(東京都)

2026/03/28 (土) ~ 2026/03/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

今の時季に相応しい「別れ」をテーマにした短編3作。表面的な「別れ」以外に、べつの「別れ」があるような そんな深読みが出来る物語。また「旅立ち」といった 次のステージへのニュアンスが含まれているようにも感じた。3話とも2人芝居 その会話で紡いでいくが、内容的には分かり易く 肩ひじ張らずに観ることができる。

初めて行った会場、舞台は小さく 定員28名と少人数のため会話劇が適しているよう。本公演も至近距離での観劇で、表情やちょっとした仕草も見逃すことはない。逆に言えばキャストの方が緊張しかねない。しかし等身大ともいえる設定、自然な演技によって その場に立ち会わされているような感覚になる。

3短編のタイトルは次の通り。
「いまこそわかれめ」(脚本:目崎 剛 氏)
「ウルドル」(脚本:池田智哉 氏)
「沼袋第3号踏切にて、3月」(脚本:池田智哉 氏)

できれば、もう少し繋がりのある連作集 にしたら もっと「別れ」というテーマが重層的になり、印象深かった と思うと惜しい。
(上演時間1時間)追記予定

Once more,

Once more,

VOGA

北千住BUoY(東京都)

2026/03/27 (金) ~ 2026/03/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
未見の団体(VOGA-舞台芸術集団)だったが、観応え十分。公演を敢えて前半と後半とした場合、前半はダンス(VOGAでは「動作」と呼ぶ)、後半は物語(演技)といった観せ方だが、その視覚的違いが融合していくような面白さ(独特の世界観)がある。実は前半の動作は 公演における情景であり心情を表しており、後半の物語で血肉の通った人物像が立ち上がっていく。

物語は人の生き様、自然環境から社会平和まで広範な問題を提起しており、その提示する出来事が現実に起こり得る そんな隣り合わせにあるもの。それだけに興味深く 怖さもある。フライヤーに主宰の近藤和見 氏が「境界に寄せて--というタイトルで『と、ある港町の物語』・・それは現在から未来の日本のどこかの港町」とある。しかし劇中では過去でも未来でもない、今の物語と言う。それは風景的な 曖昧な境界ではなく、人間の曖昧な選択 もっと言えば誤った選択に警鐘を鳴らしているようだ。

VOGAの特長である「動作」、その体幹はしっかり鍛え上げられ、纏う衣裳等にも意味合いを持たせている。例えば海の表現、2026年(現在)は「深い海」という役名で浮遊感ある布地にエメラルドグリーン、2066年(未来)は「浅い海」で同じような布地だがライトブルーといった違いがある。その40年の間に環境が悪化し漁業の生態系が変化したことを表している。映像や音響/音楽そして照明など演出にも細かい工夫が凝らされ 実に見事。
(上演時間2時間15分 休憩なし)追記予定

おくらいり

おくらいり

ゼータクチク&ACTACTION by TEAM HANDY

新宿眼科画廊スペース地下(東京都)

2026/03/27 (金) ~ 2026/03/31 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

説明に「ゼータクチクは、良くも悪くも、平気で観客を裏切る集団ですからね。真相は、現場で確かめてください」…観ました。そしてネタバレにならないよう書くには難しいことも確認。物語の世界観というか構造は、理屈が合っているかではなく感覚・感情で観る舞台。その内容は面白い(伏線は回収)し 惹き付ける 力、魅力がある。予想以上の面白さで、良い意味で裏切られた。

面白いと言えば パンダの被り物をした前説、スケッチブックをフリップ代わりに捲っていく。缶ビールやペットボトルのお茶が無料でもらえる。フリップには「一杯ひっかけて観るぐらいが ちょうどいい芝居」そして「まじめに観られると緊張するから」と。被り物をしているから、代わりに観客の1人に 非常口の場所やトイレへの案内等の注意事項を発話してもらう。本編以外での客弄りだが、仄々として面白かった。ちなみに観客は先客を見て「おはようございます」と挨拶、何となく同業者が多く来ているような。そう言えば発話していた観客も場馴れしていた。

この会場はウナギの寝床のように横長(奥行)、それを上手く使って物語を展開していく。多くのダンボール箱を使って 或る光景を表しているが、さらに その側面を利用しスクリーン代わりにする。それらの小道具をパンダが事前チェックするように歩き回る姿が愛らしい。上演前のサービス、そして和ませる雰囲気作りに好感が持てる。
(上演時間1時間40分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、上手に剥き出しの配管、下手に机と椅子2組が縦に並び、1つの卓上ライト。奥にダンボール箱が山積になっており、1つは蓋が開いており1人の男が入って(正座して)いる。物語は、この奇妙は光景から始まる。

女がやってきて、男に部屋から出ていくよう言うが、2人の嚙み合わない そうして堂々巡りする会話が続く。そこへ3人目の人物(男)が部屋に入ってくる。3人は警察官でここは新宿署の資料保管室。男2人は所轄(新宿署)の刑事、女は警視庁本庁の監査課、本来出会いたくない関係だが…。監察課は警察内部の調査が主な仕事、そこで浮かんでくるのが迷宮入りになりそうな事件の再(独自)調査。

男2人は、かつて所轄でコンビを組んでいた。しかし或る事情で後から入室してきた男が相方を撃ち殺した。ダンボールに入っている男は幽霊、その姿が見え話をする男と女の存在も奇妙。スピリチュアルであり別次元といった不思議な空間、しかし物語は事実としての重みをもつ。殺人を犯した刑事は、高校時代の友人がサラ金の返済を苦に自殺、その復讐に業者を殺した。つなぎに使っていた男が相方に捕らえられそうになり、犯行がバレるのを阻止するため相方を…。一時 社会問題にもなったサラ金地獄、その現実を舞台の非現実として描く面白さ。

物語は、ジグソーパズルのピースをはめ込んでいくような感覚。理屈ではなく感覚といった気持を大切にしている。登場人物は わずか3人、その奇妙な会話がちぐはぐだが、だんだんと核心に迫っていく展開が巧い。今いるのは資料保管室という閉鎖した空間、しかし その場所が必然となった事件を映像を使って外の光景を映し出す。新宿眼科画廊という狭い会場を上手く使った設定の好公演。3人三様のとぼけた味わいのあるキャラも面白く、その奥に潜む人間性がチラッと見える演技が良い。
次回公演も楽しみにしております。
塵芥屍

塵芥屍

舞台芸術創造機関SAI

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/04/30 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

㊗20周年記念劇場本公演。
混沌とした世界観、自分の中で想像が膨らみ 色々な物語を創っている。表層的には幻想・幻覚・迷宮そして夢オチなど あやふやな概念ばかりが浮かぶ。しかし観(魅)入ってしまう中毒性のある公演、それが最大の魅力かもしれない。

メイクが異様で、そのビジュアルから この世のモノ 出来事ではないよう。しかし 世の中の不条理がリアルな光景として浮かび上がってくることも否定できない。この虚実に思える不思議な感情を抱いたまま 疾走するように駆け抜ける。
(上演時間2時間15分 休憩なし)追記予定

遠津川の両雄

遠津川の両雄

祭文庫

シアター711(東京都)

2026/03/20 (金) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

歴史に「もし」 や「仮に」といったことがあったらと思わせる、事実と虚構の境界線にある物語。その想像させるところが舞台らしくて面白い。タイトル「遠津川」は現在の奈良県にある十津川、そして両雄とは そこに居る郷士(下層武士)の指導者2人。時は戦国時代、その時代を生きる2人の考え方、生き様--鉾/盾といった関係を描いている。内容は、内輪揉めや矛盾とも違う、謂わば矜持のようなもの。

少しネタバレするが、物語の中に出てくる「擬死再生(ギシサイセイ)」という台詞 これが肝。初めて聞く言葉で 当日パンフには「山岳信仰や修験道において山や霊地を他界と見なし、そこを巡歴する厳しい修行を通じて、一度死んでから新たに生まれ変わるという概念や宗教的行い」とある。客席の中段まで傾斜した花道を設えているが、これによって山深さ 古(山)道を表しているよう。公演は、小劇場にもかかわらず 客席数を減らした花道で分かり易く、小道具や衣裳(和装)等のディテールに拘り 丁寧に観せるところが魅力。ただ 殺陣が窮屈に観えたのが惜しい。
(上演時間1時間45分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、大木を模し こも巻らしきものが見える。天井から端布を垂らし木の葉に覆われ奥深い山といったイメージ。下手に物見(櫓)的な木が1本。

幼馴染の信貴(シギ)と北(キタ)が遠津川の両雄、山奥で平穏な日々を送っていたが、或る日 賊の集団が攻め入ってきた。なんとか撃退したが負傷者も多く出した。たんなる盗賊ではなく武士集団であることが分かった。その正体は三好党、台詞に足利幕府とあることから 戦国史でも有名な三好政権らしい。史実と舞台(虚構)という境界線を背景とし、今の状況に如何に対処するか、そこに指導者としての2人の資質と考え方を描く。

信貴は守りを固め 今まで通りの暮らしを主張、一方 北は これを機に相手方へ攻め込み政権に取って代わろうと主張、文字通り 盾と矛で相容れない。信貴は北の説得は無理と判断し、仲間(郷士)の犠牲は最小限に止めるため北を斬ることにした。それぞれの指導者に付き従う者との闘い。そこには2人の性格の違い、冒頭 北は遠眼鏡で海を見ており、いずれ行ってみたいと。そこに見知らぬ土地への好奇が窺える。もし、北が三好党を攻め滅ぼしていたら 歴史は変わっていただろう。どんな世界になったかな。

殺傷とは反対に念仏を唱え安寧を、そんな土地柄を表す場面を入れる。それが護摩行で煩悩を焼き払う火が妖しく燃える。果心居士の読経、そして修験者達が花道を下ってくる姿が厳粛にみえる。斬り合いという行為、その裏で安寧を願うという対極の行為に浪漫を感じる。これが「擬死再生」かな。この靜的な場面は良かったが、動的な場面は 劇場(舞台)が小さいこともあり、殺陣は1対1にならざるを得ない。また太刀筋が 小さく(窮屈に)感じられたのが惜しい。

暗転時の時間が少し長いような気がする。小道具などの出し入れといった手配があるのだろうが、工夫の余地があるのではないか。ただ暗転時の音楽(邦楽)は、その時々でメインとなる楽器(笛⇒尺八⇒三味線などの順)が異なるようで、状況における高鳴りが違って聞こえた。全体的に丁寧な創作といった印象を受けた。
次回公演も楽しみにしております。
「ミカンの花が咲く頃に」2026

「ミカンの花が咲く頃に」2026

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
パンフに「農地を分断された九州のミカン農家の実話を元に社会を見つめ、今を生きる人々の姿を描いた舞台」とある。高速道路建設に伴う猿ケ実村の立ち退き問題を描いた群像劇。何でもかんでも国-行政の施策を反対ばかりしていては発展は望めない、しかし それを無批判に受け入れるばかりでは当事者の生活や環境は成り立たない。この公演、表層的には立場や思惑といった違い 二項対立のような展開になりそうだが、少し観点をズラしたところが巧い。それがチラシにしっかり書かれている。「考えてるんだ。どうすればみんなが悲しくない未来が来るのか、考えてる」、この台詞を言った人物の背景(経歴)と思いが重しとなっている。

2015年秋。母 野枝の十三回忌に出席するため、長女の拓未を伴って訪れた美羽。共に生きていくことはできないかと模索する村の人々の姿が、美羽や拓未に変化をもたらしていく と。村の当事者の立場から距離を置いた2人の心情、しかし 拓未の中に燻っていた自立心に繋がる。物語は 社会的な問題を描きつつ、人間ドラマ しかも夫々の成長譚も浮き彫りにする。

少しネタバレするが、物語は現在と過去を交錯させ、さらにラストは未来をも描く。時の変化は、登場人物とその衣裳 そして喋り方に特徴がある。冒頭は方言(台詞)が聞き取れないところもあるが、取るに足りないこと。

少し気になったのが、2015年という設定。タイトルにもなっているミカンの木がある山の崩れ、山腹にあった奉納神楽の神社が崩壊した。その災害の根本原因は何か?神社は避難場所に指定されていた と。何となく東日本大震災を連想したが…。
(上演時間1時間50分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は昔ながらの古い家 その大きな居間(畳)と縁側。屋根は瓦でほぼ対称の作り。現在の時は 上手に始まりのミカンの木と供物台、過去は それらがない。客席(上手側)から舞台へスロープ状の傾斜、これによって山腹にある家ということが分かる。

物語は説明にある通り、高速道路建設に伴う立ち退きに揺れる村民たちの人間模様。そこに母の十三回忌に出席するため帰ってきた美羽、空港からの交通の便が悪くタクシーを使った。その冒頭の台詞が物語の核心を突く。美羽曰く「途中で高速道路がなく一般道を走り、再び高速道路を走る。あの中断した部分(道)が開通すれば、早くて安くて便利なのに」と文句を言う。これが家族であっても、その地に住んでいるか否かで思いは違う。合理化/効率化によって故郷が無くなる。村民以外の第三者的な思い(意見)を美羽に言わせる。まさしく あの中断した部分が舞台(物語)の村。

一方、村民の思いも一枚岩ではなく、それぞれの事情や思惑に揺れる。小さな集落のため耕せる田畑は少なく、高齢化も進み暮らしに支障が出始めている。一方 先祖代々この土地で生まれ育った人たちは立ち退きに断固反対。舞台になっている佐伯家、源治(源ジイと呼ばれている)は大手ゼネコンに勤めていたことから全国各地を転々とし開発を手掛けてきた。この地で何の血縁も地縁も無いもの同士に芽生えた絆を大切にしたいと考え退職した。そして村の出身者で県庁に勤めている者 陣山太一に「国(行政)が決めたことは何でも従わなければいけないのか?不本意だと言い続けないと、黙っていたら上が決めたことにすべて従うことになる」、この抗う気持が肝。

美羽の長女 拓未は、既に大学への推薦入学が決まっている。ずっと私立学校でエスカレーター式に親が言うとおり歩んできた。自分のことを考えてくれている とは思うが…。思春期の揺れる心と同時に自立心が確かになった。行政による強制(代)執行が始まり学校が取り壊され、思い出が次から次に壊されていく。ブルドーザーによる破砕音が近くで聞こえる。その様子を拓未が撮影しSNSで拡散する。立ち退きという社会的な問題、そこに過疎化や高齢化の問題を点描し、さらに 拓未という少女を通して自立や思いという心情を巧みに描く。終盤、伝統芸能である神楽の祭礼で盛り上げ、その様子を情緒的に観(魅)せている。数年後、拓未は自ら決めた報道通信社に就職した。
次回公演も楽しみにしております。

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